混沌が渦巻く日常
「ここだ。」
扉を開けて、中に入る。
ベルベットルームは、珠閒瑠市のあちこちの扉から行くことができる、ペルソナに関する色んな事が行える場所だ。
青を基調としたかなり広い空間には、ナナシ、ベラドンナ、悪魔絵師、ベルベットルームの主である老人が、それぞれ離れたところにいる。
グランドピアノが置かれており、ナナシという男性が演奏する静かで穏やかなピアノの旋律が流れている。そしてそれに、やがてベラドンナという女性のオペラのような歌声が重なる。
歌声は綺麗で澄んでいるのに、旋律はどこか哀しい。
かなり広い部屋の真ん中の、ソファーに座っている老人のところへ歩いていくと、その老人はおや、と言いながら立ち上がった。
長い鼻が特徴的で、目は丸く少し血走っており、細長い口がニヤついている。
「新しい客人ですな。ようこそ、我がベルベットルームへ。」
淳は近くにいた舞耶姉におずおずと話しかける。
「舞耶姉さん、この人は…?」
舞耶姉は、いつもの笑顔でウッフフと笑った。
「ここのベルベットルームの主、イゴールさんよ。」
「お初にお目にかかります。私の名はイゴール。お見かけしたところ、ペルソナ使いですな。」
「はい…。あ、僕は黒須淳です。この前ゆきのさんから、ペルソナ能力を譲り受けて…。」
「ほう…ヘルメスですな。神々の伝令役を努めるという、ギリシャ神話の守護神。」
イゴールはというより、ベルベットルームの住人はペルソナの事について詳しいらしく、淳を見てすぐに彼のペルソナがわかったようだった。
「イゴールさん、淳君にこのベルベットルームの事を教えてあげてほしいの。」
「いいでしょう。このベルベットルームでは…」
そうして、淳がイゴールからこの部屋の説明を受けている間に、舞耶姉に話しかけた。
「舞耶姉、俺は少し悪魔絵師の所に行ってくる。」
舞耶姉は、
「わかったわ。」と顔をこちらへ向けて返事した後、淳とイゴールの様子を見守っているようだった。
悪魔絵師の前にはかなり大きな白いキャンバスが置いてあり、悪魔絵師はそのキャンバスからある程度離れた正面の位置に立っていた。
煙草を咥え一服しながらそのキャンバスを眺めている。
近づいていくと、悪魔絵師はこちらに気がついた。
「今日はどうしたんだい。」
「フリータロットを、何枚か魔術師のカードにしてほしいんだ。」
そう言って、真っ白のカードを手渡す。
「…わかった。少しの間、その辺で待ってるといい。」
達哉は頷く。
その後、悪魔絵師はキャンバスにカードを固定しているらしく、パレットをぺたぺたとした後、豪快にそのキャンバスに腕を振るっていた。そしてまたパレットをぺたぺたとする動作を繰り返す。
途中、何回も絵筆から絵の具の滴が飛び散るのが見えた。
その様子を、達哉がぼんやり眺めていた後…
悪魔絵師が達哉の方に顔を向けた。
カードの作成が終わったみたいだ。
達哉が近づいていくと、悪魔絵師は出来たてのカードを手渡した。
「さぁ、できた。持っていくがいい。」
「ありがとう。」
「今日はこのまま、新しいペルソナでも作っていくのかい?」
「…いや、今日はこのカードの作成と、黒須淳を、ここへ案内しに来たんだ。」
「あぁ。あの美少年か…君達の新しい仲間だね。」
そう言うと、達哉の向こう側へ悪魔絵師は視線を向けた。
「…ちょうど、彼等も用事が終わったようだよ。」
後ろを振り向くと、ちょうど淳達がこちらへ向かってくる所だった。
「それじゃあ、俺たちは元の世界へ戻る。」
達哉がそう告げると、悪魔絵師は軽く頷いた。
「僕はいつでもここにいる。また気が向いたら立ち寄るといい。…ここでは、時間は意味を成さないからな。」
カードによるペルソナの作成もしたい気持ちもあったが、今はフィレモンからもらったペルソナ・アポロを扱うのに少しでも慣れたかった。
ベルベットルームを出た後、時間はやっぱりベルベットルームに入る前から進んではいなかった。
現実の世界から、隔絶されたような特殊な場所…
ただ、不気味というよりは、精神が落ち着くような不思議な安心感を感じるのだった。
浄化されていく、というような感じかもしれない。
ベルベットルームを出て街を歩いている時、舞耶姉が隣にひょっこり来て声をかけた。
「達哉君、今度、よければ副島さんのお店で親睦会みたいな感じで、ちょっと皆でご飯食べない?」
先ほどの悪魔での戦いでもそうだが、黒須淳と達哉の間には一線を引いたような距離感があった。
淳と他の仲間達の間では、そうではないのだが…
「そうだな。今度、そうしよう。」
そうして、達哉達は街の中を歩いていった。
もう少し、今のペルソナに慣れたら、宮殿に足を踏み入れようと思う。
───金牛宮、天蠍宮、獅子宮、宝瓶宮、どこから向かおうか…