芽吹き
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その晩、無事に後継ぎ問題を解決して戻ってきたネツァワルピリはグランたちとともに艇に帰り、自室に入るなり窓際の鉢植えを観察した。
約一週間ものあいだ放置してしまった。
下手をすれば枯れているかもしれないと思っていたそれは、どういうわけか葉を増やして生き生きとしているように見える。
植物とはここまで強いものなのか、と驚き半分疑い半分に眺めていると、閉め忘れて開けっぱなしになっていた扉がノックされた。
「ドアくらい閉めろ」
「ガウェイン殿、見よ!モミジは実に強い木であるぞ!」
青年を部屋に招き入れてモミジを見せると、ガウェインは目を泳がせて曖昧に頷く。
「…そうか。よかったな」
「水はやらぬ方がよく育つのやもしれぬ。外に出さず窓からの光のみでちょうど良いのだな」
「…あー、いや。水は毎日欠かさないほうがいいと思うぞ。外気浴も必要だろう」
「しかし……、む?…まさかお主、」
どことなく居心地が悪そうな相手の様子に、ネツァワルピリは何かを察した。
「もしや、我がいないあいだ此奴の世話を?」
「…世話といえるほど大したことはしていない」
「そうであったか!心より感謝する。我は嬉しいぞ!」
言葉どおり腹の底から喜びが込み上げ、熱い気持ちをぶつけるようにガウェインを強引に抱き締めると、愛しい男は慌てて腕の中から逃げようと手を突っぱねる。
「お、大袈裟な…!それより貴様、何故今回のことを俺に黙っていた」
顔を赤くしながらも、ガウェインは不機嫌そうに眉根を寄せる。
実のところ、ネツァワルピリ自身も島に着いてからそこのところは後悔していた。
長老たちはネツァワルピリを超える実力をもつ王候補などいないと既に結論づけており、だからこそ次の王として子どもを残してほしいと訴えてきた。
ネツァワルピリとしてはその気はまったくない為、己と比べないにしても王たる器に相応しい者が現れるのを焦らず待つべきだと主張し、すぐに帰るつもりだったのだ。
が、長老たちはそれでは納得せず、子を作っていくか勝ち抜き試合をするか選ぶよう迫った。
旅の途中であるネツァワルピリが、本来一年近くかかる試合を選択するはずがない。渋々ながら子づくりをするはずと踏んで提示したのだろうが、ネツァワルピリの答えはそうではなくて。
『ならば、すぐに試合を始めるとしよう。我が勝ち抜けば、この話は次の芽が育つまで保留とする』
そうして怒涛の連続試合が始まったのだった。
「それについては、申し訳なかったと思っている…。早ければ翌日に帰れると考えていた故、お主に余計な心配をかけたくなくてな」
長老たちを説得できず、結果的に一週間近く艇を空けてしまった。
素直に謝罪を述べると腕の中の青年は歯噛みして俯く。
「…貴様は……王だ。嫁でも子どもでも早くつくって、島の者を安心させるべきだ」
「……」
「俺とてそのくらいわかっている。……しかし…、」
ガウェインは言葉を詰まらせるように切って、胸のあたりをぎゅっと握り締める。
「わかっていても……想像したら嫌だった。俺は貴様のことを知らないのだと突きつけられたようで……悔しくて…、」
「……ガウェイン殿…」
「憎らしくて……、その木も燃やしてやろうかと思った」
「なんと…」
冗談とも本気ともつかない発言にひやりとしつつ、ガウェインの背をそっとさする。
俯いたままで表情はわからないが、不安にさせていたぶんを少しでも取り戻せるように。
「…もう、俺の知らないことをするな。……俺の知らない貴様を教えろ」
それが、彼が言いたかったことの、核心なのだろう。
ネツァワルピリは慈しむように笑みを浮かべ、ガウェインの頭のてっぺんに口付けを落とした。
「…うむ。我も、ガウェイン殿のことが知りたい」
身体が熱い。
これはどちらの熱だろう。
わからない。きっと、ふたりの熱だ。
熱も、想いも、全部分け合って、共有すればいい。
「では、まず手始めに。」
愛しい人の顎を掬い上げ、真っ赤な仏頂面に向き合い悪戯っぽく真顔で訊ねる。
「趣味は、なんですか?」
「ぶふっ……み、見合いかっ!」
ガウェインが笑った拍子に吹き出した唾で濡れた顔面を袖で拭いながら、ネツァワルピリは穏やかに笑った。
「思う存分、見合おうではないか」
「くくっ、臨むところだ」
二人の背後に鎮座した窓際のモミジに、また新たな柔らかい葉が芽吹こうとしていた。
fin.