芽吹き
+++
アルスター島の近くに浮遊する、小さな島。
そこに翼の一族は暮らしている。
グランサイファーが到着したとき、その島は異様な空気に包まれていた。
突風が吹き荒んでいるのだ。島の中央付近に巨大な竜巻が出現したかと思えば消失し、地鳴りのような轟きが停泊場まで響いて大地を揺らしている。
「わーお。やってるねぇ」
艇から降りたシエテは、別段驚いた素振りも見せずに感心したようにそう言って、迷いなく竜巻が見えた方角へと歩き出す。
それにグランとガウェインが続いた。
昨夕、シエテはグランのもとを訪れ、何か話をつけたらしい。何を言ったかは不明だが、おそらく非常に大きなお世話な内容であることはなんとなく察することができる。
その後グランサイファーは一路この島を目指し、昼頃には地を踏んでいた。
道中、ガウェインもシエテから翼の一族についての話を聞いていた。
『王に子どもがいれば、その人が第一候補。でも、だからって即決定にはならないのがあの一族なんだ』
『王族が担っていくわけじゃないのか?』
『そう。翼の一族って、戦闘民族みたいなものだからね。当然、誰もが認める実力がないと王足り得ない。つまり…』
地を抉る轟音が、島を、空を激しく揺さぶる。
そして耳に届いたのは、聞き慣れたあの笑い声。
「はっはっは!まだまだぬるい!さあ、次の者!!」
つまり。
シンプルに勝ち抜き戦で王を決めるのだ。
老若男女問わず。立候補も推薦もなく、一族全員が参加となる。
身をもって王となる者の力を知り、誰もが異存なくその人物を王と認められるように。
島の中心部では、数日間に及ぶ戦闘の激しさを如実に物語る爪痕がはっきりと残されていた。
…否、実際には何も残されていない。木も、湖も、坂も、草も、地面さえも根こそぎで。土埃にまみれたネツァワルピリだけが、立っていた。王たる証の装束ではなく、身軽な軽装で。
そこにまた一人、年若い少年が槍をしっかりと手に持ち駆け込んでくる。
「お願いします!」
「うむ、心意気や良し!来るが良い!」
少年は十代半ばといったところだが、ネツァワルピリは容赦しない。
少年の果敢な突きを身を開くだけでかわし、懐にきた槍の柄を握り込むと足で踏み抜く。地に叩きつけられた得物を咄嗟に離した少年は、しかし諦めずに体勢を立てなおし、構えてひと呼吸おくと再びネツァワルピリに挑んだ。
無手の相手には無手で相対するのが礼儀とばかりに、ネツァワルピリも愛槍を手放し少年と組する。
低い位置から繰り出される手根の突きを手の甲でいなし、足で少年の足首を払って前傾に傾いたところを見逃さず、小さな背中に的確に肘を落として地面に沈めた。
「ぐっ…あ!」
「お主、筋が良い。切り替えも早く機転が効くが、足を止めれば捩じ伏せられよう。立ち止まった瞬間が敗北と知れ」
「うぅ……は、い…」
「右足は折れたかもしれぬ。よく診てもらうのだぞ」
「あ、ありがとうございました!」
「では、次の者!」
ガウェインは、言葉を失っていた。
誰が相手でも、ネツァワルピリは一切手を抜かない。たとえ小さな女の子が相手であっても。さすがに本気を出すわけにはいかないようだが、容赦はなく、真剣だ。
そして、挑む一族の者たちも全身全霊でぶつかっていく。怪我をしない程度などというものではない。皆、立つことができれば立ち上がっていく。
常から鍛錬しているのだろう。護身術のひとつも使えないような者はひとりとしていないようだった。
……これが、勇猛と恐れられる翼の一族。
半歩後ろから満足そうにこちらを眺めているシエテの視線にも気づかず、ガウェインは食い入るように連続して繰り広げられる戦いを見ていた。
その後も十人近くと試合を行い、とうとう長老が声を上げた。
「それまで!王よ、今の者で最後でございます…!」
その言葉を受け、ネツァワルピリはにっと笑って愛槍を放り投げ、その場に大の字になって寝転んだ。
「はっはっは!皆それぞれ研鑽を積んでいるようだ、さすがに我も疲れたぞ!」
「貴方様が圧倒的であることは周知の事実。だからこそ、素直に御子を成してくださいと申し上げているのに…」
やれやれと半ば愚痴のようにぼやく長老に苦笑を返し、上体を起こしながらネツァワルピリは首を振る。
「その話は初日に済んでいるであろう。なに、我の子などでなくとも、次なる王はしっかり育っている。今は時期尚早である。時がきたら、また試合の場を設ければ良い」
諭すように明朗に語るネツァワルピリは、疲労を口にしつつも息が上がっている様子はない。
長老もそれを見て「旅に出て更にお強くなられたようで…」と嘆息した。
「では、この度の後継ぎの件は保留と致します」
「うむ!」
「それはそうと王よ、団長様がお見えです」
「なんと!」
邪魔にならないよう離れたところから様子を見ていた一行を長老が手のひらで指し示すと、ネツァワルピリはぱっと顔を上げて立ち上がり、小走りに駆け寄ってきた。
「ネツァ!お疲れさま!」
「思ったよりもかかってしまった、すまぬな」
手を振って労うグランに屈託なく笑う鷲王に、長老は感心を通り越して呆れた目を向ける。
「…あれだけ戦い抜いておきながら、お身体の調子は万全なご様子。大変頼もしく思いますよ…」
そんな長老にシエテは不思議そうに訊ねた。
「でも長老殿。続けて試合をしても、本当の強さなんてわからないんじゃない?ネツァ殿は別として、ひと試合ごとに普通体調を整える時間が必要だよね」
それはガウェインも思ったことだ。
連戦を重ねれば当然疲労が蓄積して不利になる。
しかし長老は、じっとりとした目でネツァワルピリを見ながら頷いた。
「ええ。通常試合は一日に二人まで。長期間にわたって行います。今回は王が早く終わらせたいからなどという理由で、反対を押し切ってこのような形になりました」
「ネツァ殿、この六日間で何人と試合したの?」
「一族全員であるからな…、三百くらいか?」
「三百三十五名です。強行なさる王に、せめて途中休憩をとっていただくのに儂らがどれだけ苦労したことか…」
「あっはは!無茶しすぎでしょ!」
思わず笑ってしまうシエテの気持ちもわかるというものだ。
それだけの人数をひとりずつ相手にするとわかっていながら、艇を降りる際にグランに二、三日で戻るなどとよく言えたものだ。
呆れ返るガウェインにネツァワルピリが視線を寄越し、柔らかく笑って腕を広げてくる。
「なに、それもこれもガウェイン殿に一秒でも早く会うため」
「よ、寄るなっ、さっさと着替えて来い!」
皆の前で抱擁しようとする男から、すかさず飛び退いて距離をとる。
土埃で服はもちろん、腰まで届く長い髪までぎしぎしだ。
「む。それもそうであるな。長老、湯を借りても良いか」
「とうに準備は出来ております」
「はっはっは!有難い!」
長老を伴って歩き出しながら豪快に笑うネツァワルピリに、ガウェインは数日ぶりに人心地ついた気がしてほっと胸を撫で下ろした。