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ジュリアン
ジュリアン
novelistID. 70649
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幸運の女神は、不幸を纏ってやってくる

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交易都市アステルリーズ──
 マグナ大陸中央部に位置する、地域で最大の交易都市、と言われている。……言われている、というのには理由がある。
 一つはこの説明は第三者からの受け売りである事、もう一つはこれから登場する人物達がこのアステルリーズという都市に来た理由が交易を行う行商人や隊商の一員ではない事。
 アステルリーズと呼ばれるこの都市が交易都市、と謳われるだけあってか、町中にはあちこちに品揃えが違う店舗が点在し、都市のメインストリートや、それ以外にも点在する小さな通りが都市の区画を舐めるように這っている。通り沿いには数々の物品が並び、通りによって品揃えが変わっているため、あちこちを歩いてみて回る分には飽きさせない作りになっている。そんな商人の行き交う街なだけあってか、この都市で欲しいものは手に入らない事はないらしい。
 都市全体は元々が島を切り出して作られたらしく、広大な土地ではないこの都市の構造は階段や道路を駆使した多重構造となっており、最下層は砂浜が広がるビーチに繋がっていて、季節を問わず海辺に出られるし釣りも楽しめるアミューズメントスポットとなっていれば、一つ階層を上がれば都市に住む住人の居住区となっている。居住区にはいくつか分かれていて、一般層と富裕層によって住む地域が分かれている。
 居住区を抜けると交易都市の呼び名に相応しいメインストリートを中心とした商店街が立ち並ぶ交易エリアが広がる。メインストリートの終点には冒険者と、彼らに依頼を願う者たちの橋渡しとなる役割を担う開拓局が見えると、開拓局周辺には冒険者が使う施設やイマジン研究所、少し離れた場所には武器防具を精製する天球錬成儀があった。ここで集めた素材を錬成して新たな武器を作成する冒険者で賑わっていた。さらにその階層から上がると、マグナ大陸全体で信仰されているバファリア教の巨大な尖塔が聳え立つ神殿が鎮座しており、さながら神殿は階下にある街を見下ろす役目となっている。
 そんな商人の街アステルリーズだが、一方で冒険者の数も多く、開拓局は常時その窓口を開け放っている。地方最大の都市の開拓局なだけあって、この街に常駐している冒険者も多い。冒険者、と一口に言われているが、便利屋と呼ぶ声もある。それは金を払ってトラブルを回避したり、はたまた危険地帯にある食材や錬成素材を拾ってきたり、中には密偵のような勅命を受けて行動するものもいる。そういう幅広い依頼を受ける者達を総称しての事だろう。
 もちろん彼らの大元は民間人だ。若者が一躍名を轟かせようと開拓局の門戸を叩く者も多い。しかしながら冒険者ランクを上げていくというのは並大抵の事ではなく、最終的に試験を経てランクを上げていくため、一定のレベルまで達する者もあれば脱落する冒険者ももちろんいる。そういう冒険者崩れとなった者たちが盗賊等に身を窶す場合も少なくないと聞く。……さすがにそれは表立って言える事ではないし、開拓局側としても知られたくない事実らしいのでまことしやかに囁かれている噂程度の事だった。
 さて、今回の物語はそんなアステルリーズの町中で起きる、巨大な都市の中では埋没されるに等しい位の、とある依頼の顛末についてである。


 1.

 ──春の陽光に照らされた日差しが眩しい。
 歩く足を止め、手で庇を作りながら空を仰ぎ見ると、青い空に白い鳥がパタパタと数羽、躍るように飛んでいた。目を細めながら飛び立つ鳥を見送ると、吸い込まれるようにして青空の彼方へ飛び去って行く。
 庇を作っていた手を下ろしながら、つ、と目を前方に向けると、先を歩いていたのだろう、背の小さい、少女と呼んでもおかしくない小柄な女の子がこちらを向いて立っていた。ご丁寧に両手を腰に当て、目を細めて空を仰ぎ見ていた男を凝視するように睨んでいる。ジト目で見られていることに男は、これは一言二言何か言われそうだな、と内心身構えた。
「何ボーッと突っ立ってるんじゃ、下僕」
 少女から下僕、と呼ばれた男は少し口をゆがめた。苦笑しているようだった。
「あまりにいい天気だから、空を見ていたんだ」
 男がそう言い返すと、少女はやれやれ、と肩を竦め、「何を呑気なことを言っておるんじゃ、下僕! 今日の仕事にありついてないワシとお前は、今夜の飯もありつけんかもしれんのに、空を見て腹が膨れるのか?」
 飯もありつけない……? 男は怪訝そうな表情を浮かべ、「それはないだろう……」と短く呟く。聞こえないようにツッコミを入れたつもりだったが、少女は耳ざとく聞きつけたのか、
「ほう? ……それはこないだ、コイン亭の亭主からチャラにしてもらったツケの話をしてるのか?」といやらしい口調で尋ねてくる。今更言い淀んでも無駄な抵抗と諦めたのか、彼は黙って頷いた。……すると少女は突然、虚空に向かって人差し指を突き上げた! ……かと思うと、そのまま男の方へずんずんと近づき、
「このアステルリーズいちの美少女フェステちゃんが、あんなシケたコイン亭ごときのツケをチャラにされただけで喜ぶ、とでも思ったか、下僕! ワシの野望はこんな物で済むと思うか? まだ見ぬお宝をワシが探しに行かねば、未だ見つけられていないお宝が泣いておるに決まってるじゃろう! 『うぇ~~ん、フェステ様、我々を探しに来てください~~』って、な!」
 お宝の声の部分はやけにトーンを高めでしゃべったものだから、町往く人は一斉に男とフェステを見て、くすくすと笑いながら歩き去っていく。その渦中にいる男は少しばつが悪そうな表情を浮かべ、
「わかった、わかったから! ……ったく、頼むから俺のことを町の中で下僕とは呼ばないでくれないか、フェステ。せめて普通に名前で呼んでくれよ……」
 最後の方は懇願に近い言い方だった。しかし、少女は下僕を一瞥しな、「名前……? ワシにマクレディと呼べっていうのか? それは嫌じゃな。お主はワシの下僕じゃ。げ・ぼ・く! 図が高いぞ、下僕!」
 ニタリと笑みを浮かべて、さらに大きく下僕下僕というもんだから、マクレディはがっくりと肩を落とした。言うんじゃなかった、と内心後悔しながら。

 この下僕と呼ぶ少女フェステと、下僕と呼ばれる男、マクレディの出会いは半年ほど前、アステルリーズからほど近い新しく発見された遺跡で出会ったのがきっかけだった。
 出会うそれ以前の事を、マクレディは覚えていなかった。自分の名前以外の記憶を全て──。その新しく発見された遺跡にどうやって来たのかも覚えておらず、手探りのまま記憶を探す旅に行く事になった。フェステに助けられた時、成り行きでやってしまった下僕契約を除いては。
 それからマクレディは冒険者登録を行い、めきめき腕を上げていった。彼は殆ど覚えていないが、フェステと初めて会った遺跡で、ゴブリンと対峙した時に苦も無くゴブリンを地に伏せた事で相当な手練れだと認識されたらしい。そのおかげで下僕契約をさせられた訳だが……しかしフェステに助けられる場面も多く、今では持ちつ持たれつの関係を築いている。