last advent
かつての仲間のほとんどは星へ還ってしまった。それを見送りながら、十数年、百年と刻々と過ぎゆく時をクラウドは生きた。異星の怪物の細胞を宿したその体は人の理を超えた肉体へと成り果てていた。代償に永い眠りを必要としながらも、クラウドは戦うためだけの生を歩んでいた。それはメテオを招いた罪への罰だったのだろうか、それとも贖罪の願いが通じてしまったのか。いつしか星の防衛機能のように、クラウドは再臨する敵対者を殺すためだけの番兵となった。目覚め、屠り、また眠る。そのサイクルを何度も繰り返した。
数多の命が溶け込んだライフストリームはあらゆる時空と可能性の世界を内包している。取りこぼされた運命が交わる世界線が地層のように重なっている。ありえたかもしれないという可能性の世界。その中に生きた命の膨大な情報量こそが星の力の源でもあった。星の加護はクラウドの意識をその世界へと繋げた。星の力を解析したセフィロスの力がその世界へまでも及ぶことを危惧して講じたのだろう。その異なる時空の中ですら、殺すべき敵と幾度となく剣を交えた。いつかの記憶を思い起こさせる場所、あるいは創世期まで遡ったような古の舞台、子供の思い出の中のようなおもちゃじみた世界で。場所が変わったとてクラウドのなすべきことはいつも同じだった。敵を、セフィロスを倒す。ただそれだけだった。
クラウドの心は次第に凪いでいった。仇敵への怒りを燃やし続けるには時が経ちすぎていたのだ。
目覚めるたびに枯れた大地に緑が増えてゆく。かつて大切な人たちが望んだ景色、捜し求めた約束の地にもっとも近いであろう光景。かつて大きな傷を負った星はゆっくりと再生していた。それを見ても、クラウドはもはや何の感慨も湧かなかった。思い出を語り合う仲間はもういない。ただ、胸のあたりに重苦しい冷たさを感じた。それを寂しさと呼ぶことすら忘れかけていた。
精神は長年の酷使に耐えられなかった。年月と、何よりも孤独がクラウドを深く蝕んだ。縁深い場所や大切な物、形あるものは風化して姿を消していった。仲間とのよすがが思い出の中にしか存在しなくなった時から、クラウドの感情は少しずつ壊れ始めた。
クラウドの寝所はアイシクルエリアの小さな洞窟の中だった。ライフストリームの吹き溜まりに発生した結晶をベッドに眠りにつく。結晶は硬くともほの温かく、クラウドの体を迎えてくれる。仇敵を倒した後はここに倒れこみ、この鉱石の中に体が溶けゆく夢想へと微睡むのだった。甘い毒のような妄想はクラウドの孤独を埋めることはできずとも多少の慰めにはなった。だが、それもほんの一時の虚構である。
星の敵の気配がクラウドを永く浅い眠りから引き上げる。それは宿敵たるセフィロスの再臨の合図だった。
だがセフィロスの再臨はいつもとは違い、静かだった。頭の中にサイレンが鳴り響くような不快な焦燥感ではなく、何かが来るという予感だけがあった。しかし待てどもその気配は近づいてこなかった。クラウドは久しぶりに現世を見て回ることにした。とはいえ今は飛空挺も所持しておらず、徒歩で移動するわけにもいかない。バイクを調達するにも金が要る。戦うばかりの生に、労働が加わった。おのれセフィロス。クラウドは現われない待ち人を恨んだ。
クラウドが雇いの配達業を終え、拠点にしている町外れの住処に戻ってきた、その時である。夜半も過ぎ、裾野が薄明るくなる時分にそれは現れた。
「朝帰りとは、とんだ不良になったものだな」
セフィロスは生きていた頃のように、ごく普通にそこにいた。当然のようにクラウドを待っていた上、減らず口まで叩いている。なんという悪夢。クラウドは彼の姿をいつものたちの悪い幻覚だと思い、無視して玄関のドアノブに手をかけようとした。だがドアノブは男の体に遮られて握ることができなかった。果たして男は実体だった。ようやくクラウドは幻覚と思っていたその姿を見据えた。
「ライフストリームに漂白され、ジェノバは空へ飛び立つ力を失った。この星のエネルギーをすべて吸い取ったとしても再生には足りない。私の再臨も恐らくこれが最後となるだろう」
セフィロスは勝手に喋りだした。聞きたいことではあったのでクラウドには好都合だったが、その素直さを気味悪く感じた。再臨の度に多少の言葉を交わすことはあったが、いつも抽象的なことばかり口にする男だった。このセフィロスには話が通じそうだ、一瞬だけそんなことを思い、クラウドはすぐに考えを打ち消した。
けれど、この待ち人たるセフィロスに敵意を感じなかった。正面から相手をしたくない、というやさぐれた気持ちになりながらも、クラウドはその減らず口に回答した。
「まさかあんた、最後だから挨拶に来たっていうんじゃないだろうな」
「そのまさかだ」
クラウドはドアを開け、すばやく中へ滑り込み、即座に閉めた。まるで望まぬ訪問販売が来訪してきたときのように。
しかし根負けしたのはクラウドのほうだった。セフィロスは意外にもドアを壊して無理やり入ってくるような真似はしなかった。ノックも声もかけずに、ただ静かに玄関に佇む気配に落ち着かなくなり、クラウドは仕方なくドアを開けた。近所の外聞が悪くなるからと言い訳したものの、セフィロスを気の毒だと思ってしまったのだ。実際、ここは街外れに位置していて隣接する家屋はない。戦闘を始めない限り近所の目や耳に触れることはないだろう。
今のところ敵意は感じないのだし。クラウドは希望的観測と少しの不安を胸に、彼を家の中へ招きいれた。
セフィロスは勝手知ったる様子でリビングのソファに腰掛けた。間取りを知っているわけではなく、単に部屋が狭く、玄関を入るとすぐにリビングに鎮座するソファが目についただけだろう。詰めれば三人ほど座れる大きさのソファだが、遠慮なくゆったりと座るセフィロスの隣に腰掛けるわけにもいかず、クラウドはキッチンの椅子をずるずると引きずってきた。少し距離を置いて座ると、セフィロスはここへ来た経緯を語りだした。
数多の命が溶け込んだライフストリームはあらゆる時空と可能性の世界を内包している。取りこぼされた運命が交わる世界線が地層のように重なっている。ありえたかもしれないという可能性の世界。その中に生きた命の膨大な情報量こそが星の力の源でもあった。星の加護はクラウドの意識をその世界へと繋げた。星の力を解析したセフィロスの力がその世界へまでも及ぶことを危惧して講じたのだろう。その異なる時空の中ですら、殺すべき敵と幾度となく剣を交えた。いつかの記憶を思い起こさせる場所、あるいは創世期まで遡ったような古の舞台、子供の思い出の中のようなおもちゃじみた世界で。場所が変わったとてクラウドのなすべきことはいつも同じだった。敵を、セフィロスを倒す。ただそれだけだった。
クラウドの心は次第に凪いでいった。仇敵への怒りを燃やし続けるには時が経ちすぎていたのだ。
目覚めるたびに枯れた大地に緑が増えてゆく。かつて大切な人たちが望んだ景色、捜し求めた約束の地にもっとも近いであろう光景。かつて大きな傷を負った星はゆっくりと再生していた。それを見ても、クラウドはもはや何の感慨も湧かなかった。思い出を語り合う仲間はもういない。ただ、胸のあたりに重苦しい冷たさを感じた。それを寂しさと呼ぶことすら忘れかけていた。
精神は長年の酷使に耐えられなかった。年月と、何よりも孤独がクラウドを深く蝕んだ。縁深い場所や大切な物、形あるものは風化して姿を消していった。仲間とのよすがが思い出の中にしか存在しなくなった時から、クラウドの感情は少しずつ壊れ始めた。
クラウドの寝所はアイシクルエリアの小さな洞窟の中だった。ライフストリームの吹き溜まりに発生した結晶をベッドに眠りにつく。結晶は硬くともほの温かく、クラウドの体を迎えてくれる。仇敵を倒した後はここに倒れこみ、この鉱石の中に体が溶けゆく夢想へと微睡むのだった。甘い毒のような妄想はクラウドの孤独を埋めることはできずとも多少の慰めにはなった。だが、それもほんの一時の虚構である。
星の敵の気配がクラウドを永く浅い眠りから引き上げる。それは宿敵たるセフィロスの再臨の合図だった。
だがセフィロスの再臨はいつもとは違い、静かだった。頭の中にサイレンが鳴り響くような不快な焦燥感ではなく、何かが来るという予感だけがあった。しかし待てどもその気配は近づいてこなかった。クラウドは久しぶりに現世を見て回ることにした。とはいえ今は飛空挺も所持しておらず、徒歩で移動するわけにもいかない。バイクを調達するにも金が要る。戦うばかりの生に、労働が加わった。おのれセフィロス。クラウドは現われない待ち人を恨んだ。
クラウドが雇いの配達業を終え、拠点にしている町外れの住処に戻ってきた、その時である。夜半も過ぎ、裾野が薄明るくなる時分にそれは現れた。
「朝帰りとは、とんだ不良になったものだな」
セフィロスは生きていた頃のように、ごく普通にそこにいた。当然のようにクラウドを待っていた上、減らず口まで叩いている。なんという悪夢。クラウドは彼の姿をいつものたちの悪い幻覚だと思い、無視して玄関のドアノブに手をかけようとした。だがドアノブは男の体に遮られて握ることができなかった。果たして男は実体だった。ようやくクラウドは幻覚と思っていたその姿を見据えた。
「ライフストリームに漂白され、ジェノバは空へ飛び立つ力を失った。この星のエネルギーをすべて吸い取ったとしても再生には足りない。私の再臨も恐らくこれが最後となるだろう」
セフィロスは勝手に喋りだした。聞きたいことではあったのでクラウドには好都合だったが、その素直さを気味悪く感じた。再臨の度に多少の言葉を交わすことはあったが、いつも抽象的なことばかり口にする男だった。このセフィロスには話が通じそうだ、一瞬だけそんなことを思い、クラウドはすぐに考えを打ち消した。
けれど、この待ち人たるセフィロスに敵意を感じなかった。正面から相手をしたくない、というやさぐれた気持ちになりながらも、クラウドはその減らず口に回答した。
「まさかあんた、最後だから挨拶に来たっていうんじゃないだろうな」
「そのまさかだ」
クラウドはドアを開け、すばやく中へ滑り込み、即座に閉めた。まるで望まぬ訪問販売が来訪してきたときのように。
しかし根負けしたのはクラウドのほうだった。セフィロスは意外にもドアを壊して無理やり入ってくるような真似はしなかった。ノックも声もかけずに、ただ静かに玄関に佇む気配に落ち着かなくなり、クラウドは仕方なくドアを開けた。近所の外聞が悪くなるからと言い訳したものの、セフィロスを気の毒だと思ってしまったのだ。実際、ここは街外れに位置していて隣接する家屋はない。戦闘を始めない限り近所の目や耳に触れることはないだろう。
今のところ敵意は感じないのだし。クラウドは希望的観測と少しの不安を胸に、彼を家の中へ招きいれた。
セフィロスは勝手知ったる様子でリビングのソファに腰掛けた。間取りを知っているわけではなく、単に部屋が狭く、玄関を入るとすぐにリビングに鎮座するソファが目についただけだろう。詰めれば三人ほど座れる大きさのソファだが、遠慮なくゆったりと座るセフィロスの隣に腰掛けるわけにもいかず、クラウドはキッチンの椅子をずるずると引きずってきた。少し距離を置いて座ると、セフィロスはここへ来た経緯を語りだした。
作品名:last advent 作家名:sue