last advent
クラウドとの闘争の後、セフィロスの意識はいつも通りライフストリームへと落ちた。セフィロスはその温い流れの中に落ちるのは好きではなかった。地上で役割を終えた生命はその奔流の中に溶ける。異星の怪物を身に宿すセフィロスとて例外ではない。いずれ異物と認識され流れから押し出されるまで、流路に曝される間に自我が漂白されていく不快感が我慢ならなかった。セフィロスの自我はジェノバと深く結びついている。ライフストリームの中に漂う星の意思が躍起になって身の内のジェノバを引き剥がそうとしていた。その乳白色の滴りをセフィロスは乱暴に振り払った。
頑強なセフィロスの意思についに星は屈したようだった。ライフストリームの流れはゆっくりとセフィロスの体を避けていった。その代わりに人の形をした意思がセフィロスへ接触した。
「その汚れ、頑固すぎる!ばっちいよ」
「……ずいぶんと無礼な口を利く」
星の意思は気安い態度でセフィロスに話しかけてきた。年若い、恐れを知らぬ娘のように。
「あなた自身のことじゃないよ。あなたの中にある、それ。ジェノバ。何年もかけてクラウドが丁寧に切り取ってくれたから、すっごく小さくなってるの、分かる?もう、あなた自身の力でも振り切れるくらいになっているのに」
セフィロスは目の前にいる星の意思の、その形の元となった人間のことを思い出した。地上最後の古代種の娘。あるいは父親のように慕った研究者の子供。星とそこに生きる者たちに愛されるべく生まれた生命――セフィロスが手に入れたかった地位を生まれながらに持っていた者。
憎しみを抱きこそすれど、親しく会話をするような仲では断じてない。セフィロスの計画をすべて水泡に帰した元凶ともいえる娘の形をした意思は、しかし旧友に話しかけるような柔らかな口調だった。
「そのジェノバを振り切れば、あなたはきっと自分を取り戻せる。人だった頃のあなたに。そうすれば、ライフストリームに還ることだってできる……クラウドに会いにいくことだってできる」
「……あれとは幾度も刃を交えている。星の目論見通りに。いまさら何を言うつもりだ?」
「戦うことだけが絆じゃないでしょう?……確かにもう混じってしまっている部分もあるけど、あなたの魂とジェノバの核は別物だよ。クラウドに会いたいと思っているのはあなたの魂のほう。ジェノバがなくたって、あなたはクラウドのことを手放せない。あなたがクラウドを再臨の核に選んだ理由、私、なんとなく分かる。本当に嫌っているひとに、そんなことできないもの」
やはりこいつとは相容れぬ。ただの生存本能を勝手に好意として解釈するな。
セフィロスの胸に怒りの感情が湧く。クラウドへの執着はセフィロスにとって特別なものだ。誰かに理解できるような感情ではない。自分を屠ったものへの復讐心、細胞を分けた兄弟分への愛情、再臨の器への憐憫。忌々しくもあるが、セフィロスの存在を確立させるために不可欠な糧であり楔なのだった。
セフィロスの内なる怒りを知ってか知らずか、星の意思は構わず言葉を続けた。
「多分、クラウドも同じ。クラウド、あなたのことをずっと忘れられずにいる……憎しみと憧憬が混じって、それこそ引き剥がせないくらい複雑に想ってる。仇なのに、憎みきれなくて苦しむくらいに……ちょっと、妬けちゃうくらいに。
あなたたち、よく似てるね。許されたいのに、許してもらえるはずがないって思い込んでる。へんなところで意地張るの、そっくり。
……あなたも、クラウドのことを同じように想っているって伝えてあげて。刀じゃなくて、言葉で、ね。きっと喜ぶよ」
無邪気で、残酷なことを言うものだ。
だが、毒気を抜かれた、とでもいうのだろうか。
「……そんなこと、あるものか」
口ではそう答えながらも、セフィロスの胸の内には反する思いがあった。ライフストリームに長く曝されたせいで、感情の輪郭が丸く削がれてしまったのかもしれない。
セフィロスは柄にもなく思った。確かに、あの澄ました顔を喜色一面にするのは面白そうだ。散々煩わせて、今までにない感情で満たしてやろうか。
――星が言うように、彼が同じ気持ちでいるのなら。
「じゃあ、試してみない?」
彼女は花開くように顔をほころばせて言った。
「私の言ってたことが間違ってたら、またここへ戻って来て。星の意思として、あなたを、ジェノバの浄化を諦めます。きっと、そうはならないけどね」
セフィロスの目前に細い手が差し伸べられる。吸い込まれるようにその手を取ると、重なった掌の間に黒い結晶が現われた。瞬きの間に細い手の中へ消えていったそれはセフィロスの中にわずかに残った異生物、自我に溶けきれなかったジェノバだった。
「それまで、これは預かっておきます……さあ、いってらっしゃい」
そうしてセフィロスはライフストリームの奔流から吐き出された。再臨はもっといろんな手順を踏んでから行うものだ。種を蒔き芽吹きを待ち、ここぞというタイミングで飛び出すものなのに。おのれ星め。セフィロスは完全に翻弄されていた。
そうしてセフィロスは誰も望まぬ、己ですら望んでいなかった唐突な再臨を果たしたのだった。
作品名:last advent 作家名:sue