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英雄

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頭の中はもう達することしか考えることができなくて、助けを求めて男を見遣るが、目を瞑ったまま眉を潜めて一心不乱に腰を振るう男の姿がこの上なく扇情的で。
男らしい首筋を伝う汗や、肌に張りつく長い鳶色の髪、目を閉じていることで殊更際立つ端整な顔立ち。
その全てに目を奪われた。

……この男に、抱かれている。

先程も思ったその言葉が、全身を巡って射精感を底上げしてくる。


「ぁ、く…ッ、もう……イ、きそ…!」

「っ…もう少し…、」


余裕なく、苦しげに呟かれた言葉にこいつも俺を求めているんだと感じて。
与えられているだけではなく、ちゃんと与えることができている幸福感がぶわりと膨れ上がり、堪えが効かなくなったことを伝えようと相手を見上げたとき。

慈愛と征服欲と情念が入り混じった、強い眼差しと視線が絡み合った。


「あっ…ダメ、だッ!…イ……ッ!!」

「く…っ!」


逸物が大きく脈打ち、ガウェインが果てて少ししてから。
収縮した胎内を何度か突き上げて欲を引き抜き、ネツァワルピリもガウェインの腹の上に白濁を放った。


+++


…我は今、再び試されている。

寝台の上で裸体を晒す愛しい男と身体を休める、穏やかなひと時。
それこそ鎧同士では実現できようはずもないシチュエーションで、ネツァワルピリにとってはある種の憧れのようなものだったのだが。

先ほどから浅葱色の双眸を不機嫌そうに細めたガウェインが、こちらの肩や首、腕、胸、腹、腰等露出している部位を満遍なく触り倒していた。

意図は完全に不明である。
これが仏頂面でなければ、甘やかな余韻の時間になるのだろうが…


「…あの、ガウェイン殿…?」

「なんだ」

「……お、怒っている…のか?」


怒っているか、照れているか、甘えているか。

頭に浮かんだ選択肢は三つだったが、口に出して彼に訊ねて一番逆鱗に触れそうにないものを選んで問うてみた。

じろりと垂れ目がちな目がこちらを睨み上げてくる。


「当然だろう。…貴様……見たな」

「何を…、」

と中途半端に訊き返してから、合点した。

「ああ、お主の達する瞬か」


言い切る前に鳩尾に思いきり拳を叩き込まれ、不意打ちの急所への一撃にさすがの自分も息が止まった。


「…目を閉じておくと言ったくせに」

「ぐ……。いやなに、お主の声があまりに色っぽくてな。どうしても辛抱できなかったのだ。許せ」

「許さん」


にべもなく即答されてしまったが、ガウェインは何か思い返したように「あー…いや、」と口籠る。


「…今回は、酒場の件では世話になったからな。……それで手打ちにしてやる」


酒場の件。
つい感情に任せて騎士団と思しき年若い男に説教じみたことをしてしまったが、ガウェインは呆れることなく先程も礼を述べてくれた。


「あれについては反省している。あの男からしたら、部外者である我に言われる筋合いもないであろう」


そう。
その場にいなかった者に、過ぎたことを評価されるなど誰しも不愉快だろう。
当時の状況はわからない。小国に大国の軍が押し寄せてくるとなれば、混乱して判断は鈍り、上官の命令に疑問を挟む余裕など彼方に飛んでいってしまうのだろう。
周囲の声や、空気感というものは人の行動を著しく制限してしまう力を持っている。

しかし、彼らは後悔していなかったのだ。
ガウェイン殿をたった一人で大軍勢を相手取る状況に陥らせたという事実を。
後悔もせずに調子良く英雄だと祭り上げて、叩きのめされたら被害者面をする。
人の温かさを感じ取る心をガウェイン殿から奪ったのは、他でもないダルモアだったのではなかろうか。
挙げ句の果てには余所者に吹聴しようというのだから、愚かとしか言いようがない。


再び怒りが湧き上がってくる感覚に、意識して心を落ち着かせる。
すると、ガウェインが金色の柔らかな頭をぐりぐりとこちらの胸に押しつけてきた。


「俺は……貴様の言葉に救われた。」

照れ隠しのつもりなのだろう。その姿にネツァワルピリは目を細める。

「迷いなく言い放ってくれたことが、…嬉しかった。貴様は俺の…」


言葉の最後は口の中で呟いたのか、微かに聞こえた程度でほとんど聞き取ることはできなかった。
まあ、訊き返したところで彼は言いなおしてはくれないだろう。何も言ってない、などと言い張りそうだ。
容易に想像できてしまい、思わず相好が崩れる。
己の身のうちで大きくなっていた暗い激情が優しく溶かされていくのがわかり、彼に救われているのは自分のほうかもしれないと思った。


「ところでガウェイン殿、先刻から我の身体を撫でまわしているのは一体…?」

「ああ…おい貴様、本当に三十路超えているのか?いつ若作をしている?」


思いがけない問いに目が丸くなる。直後には盛大に笑ってしまった。


「はっはっは!年齢に関しては間々言及されるが……我が若作をする相手はガウェイン殿だけ故、そう見えるとしたらお主のせいであるな!」

「なっ…!」


予想外の意趣返しだったようで、顔を赤くして身体を離すガウェイン。
ネツァワルピリはその愛しさに破顔し、離されたばかりの体躯を思いきり腕に掻き抱いた。


「これからもっと若くしてもらわねば」

「…貴様の場合、五十になっても見た目は変わらない気がする」

「ふむ…それでは貫禄がつかぬな。髭でも生やすか」

「ぶっ…くく、……やめろ。似合わん」


二人は、ネツァワルピリが羨んだ甘やかなひと時に身を沈める。

かのダルモアの英雄は、強くて気高くて、だけど人並みに脆くて、そして人一倍可愛い人物だ。

先程ガウェインが呟いた言葉を反芻する。


『貴様は俺の…英雄だ』


その言葉を胸に刻もう。
何があっても、この者を守ると誓おう。

決意を新たに、愛しい男の頭にそっと口付けを落とした。


fin.
作品名:英雄 作家名:緋鴉