言葉
鬱蒼とした森の中、依頼の途中でグラン率いる騎空団は野営をしていた。
そこから少しばかり離れたところに、水車小屋がひとつ。
その屋内で、月の光がかろうじて視界を確保してくれる闇夜に紛れて、二つの影が重なり合っていた。
「はっ……ぁ…」
ひとつは床に這うような姿勢で、ひとつは膝立ちになり互いの腰元を合わせる姿勢。
抑えられた声には明らかな劣情が込められていて。
しかしともに鎧を着込んでおり、雰囲気に色気などなく物々しさすら感じられる。
四つん這いになっていたガウェインは、後方から己を貫くネツァワルピリをそっと見遣り、すぐに顔を俯けた。
暗くて、相手の表情までは窺うことはできない。
が、相手の淡白な動きが、そこに愛情が伴うことはなくただ互いの射精を促すための行為であることを如実に物語っていた。
ガウェインは床に突いた手をぐっと握り込み、零れ落ちる甘い嬌声を必死に押し留める。
…この男が、好きだ。
誰にも打ち明けることはできず、心の中だけで飼い殺している気持ち。
それを伝えたいという渇望はあれど、受け入れてもらえるわけがないという恐怖がそれを大きく上回っていて、形にする予定はなかった。
だから。
『おい。少し付き合え』
そう言って戦闘後に持て余した熱を発散することを口実に、抜き合いに初めて誘ったときは死ぬほど緊張したし恥ずかしかった。
回数を重ねていくうちに、今では奴の欲を中に迎え入れるまでに行為は発展したが、自分たちの関係は同じ騎空団に身を寄せる仲間というだけで、それ以上でも以下でもない。
「…ガウェイン殿、」
こちらの名を呼ぶ彼の声が、気遣うような響きをもって落とされる。
「ツラくは…ないか…?」
駄目だ。勘違いするな。
これはこいつの生来の優しさであって、決して俺を想っているわけではない。
俺に熱の処理を頼まれたから、仕方なく抱いているに過ぎない。
分かっているのに、錯覚してしまう。
愛されているのではないかと。大切にされているのではないかと。
……そうであったらいいのに。
「い、いいからっ……ぁ、…とっとと、イけ…っ」
「……、承知。…痛みがあれば、言ってほしい」
この男にとって、このまぐわいは本意ではないのだ。無駄に長引かせて、下手な声を聞かせて萎えてしまう前に気持ちよくなってもらわなくては。
飽きられてしまえば…気色悪いと思われてしまえば、次はない。
それだけは嫌だった。彼に抱いてもらえることを何度夢に見たか数知れない。自分で慰めることにも限界がきて、消えてしまいたくなるほどの羞恥心をおして抜き合いを申し出たのだ。
ようやくここまで漕ぎつけた。たとえ気持ちが伴わなくても、身体だけでも繋がることができるならそれで満足だ。
ネツァワルピリの動きは、いつも遠慮がちだった。
受け入れる側の負担が大きいことを理解しているからこその思いやりなのだろうが、本当は乗り気ではなく嫌々付き合ってくれているのだとわかるだけに、胸が引き絞られるように痛む。
毎回、彼の雄が確かな硬度をもって達してくれることだけが救いだった。
荒々しい息遣いを隠すように、ガチャガチャと無骨な鎧がぶつかる音が寂れた暗闇に響く。
しかし、己の後腔から漏れ出るいやらしい水音だけはどうしようもなく耳についた。
ネツァワルピリの楔が、勢いを増して深いところを穿つ。
快感が腹の底を突き上げ、びくびくと全身が戦慄いた。
「ぁあっ……ぅ、っく」
「ふっ…、」
掴まれている腰が、甘く痺れる。
鎧越しであっても、触れられているだけで堪らなく興奮する。
抽挿の激しさに視界ごと全身が揺さぶられると、身体を貪られていると実感できてぞくぞくと肌の上を幸福感が走った。
強い快楽の波に脚が震える。
真っ黒な床に縋るように突っ伏し、みっともない声が出てしまわないよう、腰を落としてしまわないよう奥歯をきつく噛み締めた。
「う…ッ、あ、ぐっ」
「ガウェイン殿…ッ、」
泡立つようなぐちゅぐちゅという粘性の音の間隔が次第に狭くなっていき、余裕のない声が名を呼んでくれる。
「あぁっ、…!…も、ぅ…っ」
抗いようのない射精感が膨れ上がり、ガウェインはぎゅっと四肢が縮こまる感覚とともに果てた。
同時に急速に収縮した胎内をネツァワルピリはごつごつと何度か突いて、息を詰めると楔を引き抜き床に白濁を放つ。
…中に出されたことは、一度もない。
その理由はわからないが訊くこともできず、浅ましい色欲が種子を注ぎ込んで満たして欲しいと咽び泣いていた。そういえば口付けすらしたことがなかったか。
しかしそんな胸中を悟られるわけにはいかない。
「…大事ないか」
甘く腰に響く声が、慈愛の色を含んで訊ねてくる。
次いでさらりと髪をひと束掬われ、顔を寄せられる気配を感じ取りガウェインの心拍数が跳ね上がった。
「っやめろ、鬱陶しい…!」
咄嗟に相手の手をはたき落とし、バクバクと暴れる心臓を自分自身からも誤魔化すように彼の長身を腕で押しのけて距離を取る。
突き放すような物言いも素っ気ない態度も、すべてが己に突き刺さり胸が苦しい。
ネツァワルピリがどんな顔をしているのか知りたくなくて、目を逸らしながら悪態をついた。
「…ことは済んだ。俺は後から行く。…さっさと戻れ」
いつもはこれで渋々ながら引き上げてくれるため、今回もそうだろうとたかを括っていたのだが。
ネツァワルピリは身なりを整えると、その場に胡座をかいて座りなおした。
「ガウェイン殿。今宵はお主に伝えておきたいことがある」
「……っ、」
予想していなかった言葉に、心臓が嫌な音を立てる。
まさか、この身体だけの関係を終わらせたいという話だろうか。
怖くて表情を確かめることはできないが、相手の声は真剣なそれだ。
「…疲れているんだ。話なら後にしろ」
逃げるようにそう言って立ち上がろうとするが、手首をがっしと掴まれてびくりと肩が跳ねた。