言葉
「すまぬ。すぐに済む故、少しばかり時間を貰えぬだろうか」
嫌だ。聞きたくない。
ここで関係が崩れてしまえば、もうこれまでのような仲間ですらいられなくなってしまう。共に背中を預け合い、戦線を任されることも…
恐怖が洪水のように脳内に押し寄せ、情けなくも泣き出してしまいそうになっていると、ぐっと手首を引き寄せられて前のめりになったところを、唐突に腕の中に閉じ込められた。
体勢を崩し、思いきり相手の胸に肩から突っ伏す形になる。
「っ!?」
「……困らせたいわけではないのだ。ただ、このままお主を下心のまま抱き続けていては、不誠実だと思ったのでな…」
「な、ななな……何、言って…」
まるで抱き締められているような状況に頭は大混乱で、カチカチに硬直したまま動けないガウェインを逃すまいと、ネツァワルピリは更に腕に力を込めた。
「…震えておる。怯えずともよい。我は、お主に惚れていると伝えたいだけなのだ」
「だ、誰が震えて…!…………え、…い、今…なんて…」
そんな都合の良いことがあるはずがない。
…夢か?そうだ、これは夢かもしれない。
理解が追いつかずに呆然としていると、ネツァワルピリがこちらの髪に口付けを落とした。
「ガウェイン殿のことが、好きなのだ。お主は我との性交を、熱を散らす手段と捉えているのであろうが……我は違う。」
「ちょ、と…」
「触れ合う度、お主に途方もなく欲情してしまう。そのような目で見られているなど不快にも感じよう」
「いや…俺は……、」
何を返したらいいのかわからない。
本当に夢なのではなかろうか。
ネツァワルピリが…あの鷲王が、俺に欲情?惚れている?
それが真実なら、あの行為の意味合いはまったく異なったものになってくる。
「わざわざ口にするのも憚られたが、これ以上黙ったままではガウェイン殿を騙しているようで耐えられぬ上に、自制が効かなくなってしまう。」
何を言えばいいのか、どんな顔をしたらいいのか。
感情ばかりが膨れ上がり大きく揺れ動いて、うまく反応ができない。
「何より、もう愛して抱かずにはいられぬのだ」
「愛…して…」
「睦み合いはお主の望むものではあるまい。煩わしさを感じさせてしまうならば、我はこの関係を終いにしたいと考えている」
「……、」
そこまで聞いて、はたと合点した。
この男が淡々と抱いてきたのは、甘い触れ合いを俺が拒んでいたこと、そして奴自身が抑制していたことが理由だった、と。
そしてこれから先、ネツァワルピリが望むのは恋人同士のような甘い情事。そういった馴れ合いを好まない俺に悪いだろうから、関係を終わらせたい。
そういうことだったのだ。
まったく滑稽だ。
あんなに焦がれていたものが、とっくに手に入っていたなんて。
ガウェインは腕を突っぱねてネツァワルピリの胸元から身体を離し、相手の顔を正面から見据えた。
「…貴様。何を勝手に勘違いをしている。」
本当は死んでしまいそうなほど恥ずかしいが、こいつが勇気を出して話してくれたから。
俺も、有耶無耶にせずに誠意を示さなくては。
「先に貴様に惚れたのは俺だ。なんとか口実をつくって身体の関係を築き、繋ぎ止めるのに必死だった」
「……なんと…」
「笑いたければ笑え。下手に自惚れないように貴様からの優しさを無碍にしていたんだ」
ネツァワルピリも、先ほどの自分と同様に驚きに瞠目している。
本当に、お互い何をしていたのやら。不要な警戒をして自分たちを追い込んでいただけだったとは。
「では…ガウェイン殿、」
「存分に甘やかせ」
確認するように呼ばれた名前に、鼻を鳴らして偉ぶってみせる。
ネツァワルピリはにかっと無邪気に笑い、嬉しそうに唇を重ねてきた。
じゃれつくような、啄むような擽ったい口付け。
これまで一度としてされたことはなかったが、その理由を知った今となっては、彼のあまりの律儀さに呆れてしまう。
しかし、そういうところを大切にしていたあたりも魅力に思えて。
「ん……っぅ、」
次第に深くなってくる触れ合いに心が満たされ、なんだか泣きそうになってくる。
絡められる舌も、熱のこもった息遣いも、すべてが優しい。
離れては角度を変えてお互いの唇を食むように交わる。
すっかりガウェインの息が上がった頃、ネツァワルピリがそっと身体を離した。
「今宵は戻ろう。あまり野営地を空けていても皆が心配する」
「い、一緒に戻るのか…?」
「…ふむ。」
つい訊き返してしまうと、鷲王は二、三瞬きをしてから顎に指を引っ掛けて逡巡する素振りを見せる。
…くそ。様になっているじゃないか……かっこいいな。
「我としてはいっそ公表して、ガウェイン殿に要らぬ虫がつかぬようにしたいところではあるが…」
「…それはどちらかと言うと貴様だろう。人たらしめ」
「まあしかし、お主が周知を拒むのであれば我も賛同しよう」
ガウェインが胡乱げに呟いた言葉が聞こえたかは定かではないが、ネツァワルピリは折れてくれた。
「助かる。余計な詮索はされたくないからな」
「とはいえ、甘やかせと言ったのはガウェイン殿である。それなりの行動はとらせてもらうが、よろしいか?」
「好きにしろ。言葉にしなければどうでもいい」
挑むように訊ねてくる相手に不敵に返してやる。
その後二人は少し時間をあけて野営地に戻った。
翌日以降。
ネツァワルピリからのガウェインに対するスキンシップは段違いに増え、とうとうフェディエルの目にも留まり番として認定された。
「傑作だな…」
諦観の溜め息とともに薄ら笑いを浮かべて呟くガウェインに、ネツァワルピリは満足そうに相好を崩す。
「我は何も言っておらぬが、最早公認ならば場所など選ばず触れ合っても問題はないと見た!」
「馬鹿か貴様……馬鹿か貴様!!」
グランサイファーでは、高らかに笑う鷲王とそれに食ってかかる仮面の騎士の応酬が、新しい名物となったのだった。
fin.