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天空天河 八

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 靖王の身体の何処にも、一雫も漏らさぬように、丁寧に、吸い取り、漸く終わった。
「、、ふぅ、、。」
 目眩がしたが、倒れぬ様に耐えた。

 靖王の爪は、元々の血色の良い健康な色になり、鳩尾の痣も、綺麗に消えた。

──良かった。
 綺麗になった。
 少々辛かったが、耐えた甲斐があった。──

 靖王が綺麗になったのとは逆に、長蘇の爪は真っ黒になり、胸の痣は鮮やかになり血管の様に脈打ち盛り上がった。
 見目は酷い有様で、『魔』が増えた分だけ、身体も心も違和感が増し、頭痛も酷い。だが、辛いと言うよりも、靖王の『魔』を綺麗にしたという安堵感の方が強かった。

──全ては元通りに、、、。──
 辛い身体を動かして、長蘇は綺麗になった靖王の肌着を、直そうとした。
 一度全開にして、きちんと直そうとしたいると、ぱちりと目を開けた靖王と、長蘇の目が合う。

「、、し、小殊?、、何を、、、。
 、、、飛流が見ているというのに、、、
、、、、そんなッ、。」
 そう言うと、靖王の頬が赤らんだ。

──何を勘違いして?、、、。
 、、、、は?、、、。
 、、何を頬まで赤らめて、、、。──
 長蘇の肌着は、しっかり全開だった。
 (靖王が開けたんだけど、、、♪)



「、、はッッ、、、、、馬鹿ッ!」
 長蘇が靖王を脱がせて襲おうとしている、と勘違いしてるのに気がついて。

──この、、、大馬鹿野郎景琰!。
 、、、いっそ倒れて気絶してやろうか。──

 靖王が『魔』に染まった事は、伏せておきたかった。
 出来れば、この事を靖王が勘付く事の無いように、、。

「飛流、赤龍を治してやれ。
 今度は消してやれるかも知れぬ。」
 飛流は大きく頷いて、赤龍の元へ早足で行く。

「?、一体、何が?。」

「景琰、向こうの壁が、赤くなっているのが分かるか?。」
「、、ぇ?、、、。
 なッッ、、、あれは一体、、、。」
 靖王にも、壁一面、真っ赤な鱗になっているのが見えた。
「ふふ、、見えるか。
 ならば今、飛流のいる所が、熟々と爛(ただ)れているのが見えるか?。」
 飛流が真っ赤な爛(ただ)れに手を翳(かざ)すと、爛れからはゆらゆらと黒い靄(もや)が上がり、飛流の身体に入っていった。

「ぁぁ、、見える。
 あれは何だ?。
 あんな物はここには無かったのに、、。
 飛流は何を、、。」
 靖王はごくりと唾を飲み込む。

「あれは赤龍だ。
 景琰の守り龍さ。
 かなり大きいぞ。
 実体がある訳ではなくて、精霊体のような物だから、壁をも突き抜けているが。」

「、、赤龍だと??!!!!。」

「そうだ、私が浴びた『魔』の影響を受けたのだと思う。
 景琰が私の側にいてくれたから、お前の代わりに影響を受けてしまったのかもな。
 今、飛流が赤龍の『魔』を抜いている。」

「、、私の龍、、、だと?。」

「そうだ、お前は龍に護られている。
 辺境の諍いを平定した時、運に恵まれたと思えた事は、一度や二度では無いはず。」
──半分程は、江左盟が手を貸したが、、、。
 それでも何度も酷い状況を、奇跡的にひっくり返した事は、今にして思えば、私の作戦だけでは説明がつかなかった。──
「景琰、、それが何を意味するかは分かる筈。」

 梁の皇帝は、龍に護られるのだ。
 逆に言えば、龍に護られる者が、皇帝になる。

 靖王の眉が歪み、泣きそうになる。

「ぁ、」
 靖王は長蘇の身体を引き寄せ、きつく抱きしめた。
 体温の下がった長蘇の胸と、靖王の綺麗になった胸とが合わさり、長蘇は靖王の熱い体温を感じた。「、、嫌だ。何故、私がッッ。」
 振り絞った声で、長蘇の耳元で囁く。
「景琰、、止、、めッッ。」
──『魔』が、、また景琰に、伝染ったら、、、。──
 長蘇が靖王の中で暴れると、靖王は更に強く抱きしめた。
「ぁぁ、、、景琰、、離しッッ、、、。」
 藻掻(もが)けば藻掻くほど、靖王に強く抱き締められた。
──景琰には衝撃だったのだ。
 元々、景琰は、権力の欲など全く無いのだ。
 そもそもは祁王の元で、私と共に梁を守る予定だったのだ。
 それが、祁王が死に、私が死んだと聞かされ、赤焔事案の真相を知り、今は共に『魔』と向かい合っている。
 龍に護られているから、皇帝になれ、などと、、私が景琰でも、運命(さだ)だろうが、うんざりとするだろう。

 、、、だが、、、、、、。──


「景琰、お前は、選ばれたのだ。
 私もまた、選ばれたように。」


──運命に、というか、宿命なのだ、というか、、、。──
 敢えてそこは言わなかったが、靖王にも長蘇の思う所が分かった様で、少しずつ、腕の力が緩んでゆく。

「皇帝なぞ、、、嫌だ、、。
 謀ばかりの朝廷も宮廷も真っ平だ。
 私はお前と共に居たい。
 、、国なぞ捨てて、二人で何処かへ行こう。」

 緩んだ靖王の腕を解き、靖王の顔を見れば、眼に涙が溢れ、その黒い瞳は、長蘇に助けを求めるように、長蘇の目をじっと見つめている。

 長蘇が両手で靖王の顔を包むと、靖王はゆっくりと目を閉じ、大粒の涙が頬を伝う。

 涙を指で拭い、長蘇は微笑んだ。

「、、、分かっている。
 分かっているのだ、小殊、、。
 私には逃れられない。
 民を捨てて逃げられようか。」

 長蘇は、自由になれず、逃れられない靖王を憐れに思うと、目の前の靖王が、まるで孤独に震える子犬の様に思えた。

──そうだ、景琰には逃げられない。
 梁の王族の中で、誰よりも慈悲深い。
 だからこそ、龍に選ばれたのだ。──

 靖王の丸ごと包んで癒してやりたいと、心から思った。

 長蘇は靖王の首に腕を回し、靖王を抱き締めた。
「、、小殊、、私を助けて。」
 耳元で囁く靖王の言葉に、長蘇は云々と頷いた。
 このまま靖王の気の済むまで、抱き合っていたいと願った。


「、、、、、ぁ、飛流、、、。
 まだ治療は終わってはいないが。」

 暫く抱き合っていると、靖王が飛流がいる事を思い出す。
 長蘇には背後で見えないが、靖王には飛流の姿が見える。
 『無粋な事を言うものでは無い』、と長蘇は首に回した手で、靖王の口を塞いだ。

「、、良い、見られても。」
──別に変な事をしている訳では無い、これは互いを支え合うのに大切な事。
 景琰が立ち向かえる様になるまで、靖王を抱き締めていたい。
 どれ程の力になれるかは分からないが。
 『魔』の事を抜きにしても、恐れを抱いた景琰の魂が、少しでも強くなれるように。
 元通りの強い景琰に戻れる様に。

 私が、景琰を守る。──



 青年の頃、思わぬ謀や出来事に恐怖を覚え、言葉でも癒しきれない恐れを抱くと、こうして抱き合って、互いに力付け合った二人の様に。
 周囲には見せられない、弱い一面を、互いに補い合ったのだ。

──景琰は立ち上がる。──
『大丈夫だ、私がいる』

 長蘇はそう思いながら、大切な靖王を包んだ。



─────十三  安息 その二 終────


作品名:天空天河 八 作家名:古槍ノ標