天空天河 八
小さな炉で湯を沸かし、長蘇が湯で器を温め、急須に茶葉を入れ、その茶葉の香りを楽しむ。
「良い香りだろう?。」
長蘇が言って、靖王に茶葉を匂わせる。
「、、、、ぅ、、、うん。」
長蘇に気取られぬよう、だが少々迷い気に返答をする靖王。
──この良き香りが、分からぬのか?。──
『湯を注げは分かる筈』、と、長蘇は丁寧に、よく茶葉の香りが立つように、急須に湯を注いだ。
「ああ、良い香りだ。」
忽ち辺りに、香ばしい茶の香りが充満する。
「、、、、、、、そうだな。」
取って付けた様な言葉を吐く靖王を一睨みしたが、気を取り直し、器に茶を注ぐ。
湯気に含まれた熱が、また違った香りになる。
器を靖王の前に置く。
茶の香り、茶の温度。
全て完璧で、長蘇の満足の出来栄えだった。
「さ、飲んでみろ。」
「、、、はい。」
靖王は、器を持ち、ゆっくりと香り、味わいながら、茶を啜る。
長蘇もまた、自分の茶を啜る。
思い通りの茶の味に、長蘇は満足していた。
「美味いだろう?。
さっきの景琰の茶とは、香りも味も全く違うだろう。」
「、、、、、は、、、はい。」
茶を飲み干して器を置いた靖王の表情が、
『美味い茶を飲んだ幸せ感』とか、『茶の良い香りに包まれる豊潤な時』を体感している、、
、、、、様な顔とは全く違う。
どちらかと言うと、『何が美味いのか分からない』という顔だ。
「、、、景琰?。」
──嘘だろ。
私の茶がお前のアレと同じだとでも?!──
ちょっと衝撃で泣きそうな長蘇。
「、、、、すまぬ。」
謝る靖王。
長蘇は本当に泣きそうで、顔を両の手で覆う。
「、、、、、母親の静妃は医女なのだ。薬草や薬を嗅ぎ分ける嗅覚は秀でている筈。
何故、静妃の息子のお前が、この茶の善し悪しが判らないんだ。」
「、、、、、面目ない。」
何だか嘆く長蘇に申し訳なくて、つい謝ってしまう靖王。
「、、、環境が、、、。
いやそれでも、茶など子供の時分にさらっと教えられている筈。
ぁぁぁ、、、だが誉王と献王から、年中、嫌がらせされてたし、、、そのせいで、身が入らなかった、とか、、。
いや、嫌がらせで、景琰の所に古くて不味い茶ばかり寄越されたとか、、、、。」
「、、、、、ごめんなさい。」
居た堪れなくなり、下を向く靖王。
「景琰。」
「は?。」
名を呼ぶ長蘇の、指の隙間から覗く眼(まなこ)が、きらんと光る。
「今から私が景琰に、『茶』というものを教えてやる!。」
「は????。」
「誰か!!、蘇宅にある茶葉を、ここに全部持って来い!。
それから、北門から見える丘陵の泉の水を!。
あの水は、雲南の茶によく合う。今直ぐに汲んで、持って来るのだ!!!。
そして陽明山の泉の水も!。北門から出た方が結果的に近い。あそこは時間がかかる、直ぐに行け!。
早くしろ!!!。」
「は!。」
「は!!。」
わらわらと、蘇宅の配下が書房に入って来て、茶を持って来たり、器を余分に用意したり、早馬が蘇宅から出て行くのが聞こえた。
「景琰、今から私が全部教えてやる。」
「え、小殊、今更、茶なぞ、、、、。」
「茶の何たるかも分からず、君子と言えるか!。
年を取ってから笑われるぞ。
景琰が笑われるなんて、、、、景琰が笑われるなんて、、、、、そんなの私が許さない。」
「、、私は大丈夫たから、、折角だが、そんなに根を詰めると、お前が倒れる。」
そうこうしているうちに、書房に茶葉が運ばれる。
長蘇は、茶葉、数種類を皿に取り、靖王の前に置いた。
「いいか、これは茶の中でも、基本中の基本。
見た目も味も、分かり易い三種類だ。
ここからいく。
並べてみれば、何となく違いが分かるだろう?。」
「、、、、ぅ、、ん、、、。」
「、、、見た目は難易度が高いか、、、。
ならば香りを、、、匂ってみろ。
それぞれ違うだろう?。」
靖王はそれぞれの小皿を持ち上げ、香りを嗅いだ。
「な?、、香りならば分かり易いだろ?。」
「、、、、茶、、、だ、な、、。」
靖王が分かってないのが丸分かりで、がっくりと長蘇の肩が落ちる。
「ぁぁ、、、なんて難敵なのだ。
大渝よりも攻略が難しいぞ、、、。」
「、小殊、、、その例えは幾らなんでも、、、。」
「景琰の年で、茶を理解するのは、中々骨の折れる話だが、、、大丈夫、、、私が何とかする。
もしかしたら、ぎりぎり間に合うかも知れないし。
文武とも、昔は私には劣るが、ちゃんと人並み以上なのだ。
茶だって、頑張れば、大丈夫かも知れないし。
景琰は、私程ではないにしても、風の色が違うのだって、見分けられるのだ。
ちょっと、、いや、だいぶ手遅れ気味だが、頑張ればきっと、、。
、、、大丈夫、、、大丈夫、、、。」
長蘇は目を閉じて、自分に言い聞かせるように、呟いている。
「、、小殊、、そこまでしてくれなくても、、、。」
「いいや!、必要な事だ!、やらねば!。
遅れを取り戻す!。
詰め込み教育でいくぞ!。
分かるまでやる!!。」
「、、、。」
「嫌な顔をするな!。笑え!。」
「はい!。」
靖王が居住いを正し、返事をする。
━━まるで先生と生徒だ。━━
靖王は、自分が淹れた茶を、長蘇に褒めてもらいながら、楽しくいちゃい、、いや、話をする筈だったのに、、、。
━━とんでもない事になった。━━
「茶の善し悪しは後回しだ。
まずは普通に淹れられる様に特訓だ!。
急須の蓋を開けろ!。」
「はい!。」
靖王は言われた通りに蓋を開け、ごとりと蓋を置く。
「丁寧に置け!、蓋が欠ける。そして蓋の摘みは下向きにして置くのだ!。
やり直しッ!。」
「はいッッッ!。」
熱血、蘇先生の指導は、その後三日三晩、続くのであった、、、。
────────終─────────