「きゅうか」2
クラウドは横たわったまま、ベッドの上で伸びをした。適度なスプリングと清潔に皺なく張られたシーツ。就寝前に頭を柔らかく包んでいたふかふかの枕は、今は頭上に追いやられている。
コスタ・デル・ソルに到着したその日にはベッドの快適な寝心地に違和感を抱いていたのに。この感触に慣れてしまいたくない、兵舎のくたびれたマットレスに寝転んだときに絶望してしまいそうだ。クラウドはそう思いながらもそこから起き上がれずにいた。心地よいというのもあるが、胴にぐるりと巻きついた腕と下肢の間に居座る長い足の拘束を解くことができないからだった。
「……暑苦しい」
「そうか?俺は快眠だった。お前はいい枕だな」
その腕と足の主、セフィロスはクラウドの体を背後から抱きこんでいる。けれど、背中に感じる重厚な体が熱を向けてくる気配はない。言葉通り抱き枕代わりにしているだけで、下心など微塵もないようだった。クラウドは無理やりに寝返りを打ち、セフィロスへ向き直った。今にもまどろみに落ちそうな半眼の顔を睨みつけ、気つけにぺちんとその両頬を手で挟む。
「朝ごはんの時間だ」
「もう少し後でもいいだろう」
セフィロスは頬を挟む手を持ち上げ、自分の背中に回した。結果正面から抱き合うような形にさせられ、クラウドは赤面した。セフィロスのはだけた胸元に顔を埋める格好になり、その肌の温度と匂いを存分に味わうことになってしまった。力の抜けた胸筋は存外柔らかく、紅潮した頬にひやりとあたる。シトラスの香りは昨晩の入浴の際に使ったボディソープのものだろう。クラウドも同じ匂いを纏っているが、自分から香るものよりもどことなく甘い。ゆったりとした呼気が耳元をくすぐり、背筋にむずがゆい感覚が走る。クラウドは限界に達して、叫んだ。でなければ、朝の生理現象がごまかしのきかないほどに育ってしまいそうだった。
「~~~もう!起きろ!!」
ふたりが今滞在しているのは先日まで宿泊していたホテルとは別の、平屋建てのヴィラだった。海岸線に面して建てられたヴィラは富裕層向けの別荘の趣きで、フロントの管理棟を入口に中庭、ヴィラ本棟、プライベートビーチへと続く広大な造りになっている。他に隣り合う建物もなく、他の宿泊客とは顔を合わせることはない。若者向けの娯楽や観光客で賑わうビーチの喧騒は遠い。波の打ち寄せる音で満たされた空間は何もしない休暇を過ごすにはふさわしい場所だった。
「退屈か?」
「ううん、おかげさまで、あんたが拘束するせいで退屈してないよ」
テラスのデッキチェアに座るクラウドは、背後から抱き込んでくるセフィロスをじろりと振り返った。
クラウドが管理棟のラウンジに向かうだけでも、セフィロスは律儀について来た。最初は用事があるならバトラーを使えと文句をつけてきたセフィロスだったが、「ふたりきりでいたいのに、わざわざ人を呼ぶのか?」というクラウドの言葉に満足し、ラウンジへの行き来を許している。クラウドは人を使うことに慣れていないし、距離感をなくしているセフィロスとの接触をできる限り目撃されたくないだけなのだが。
触れていないと気が済まないとばかりに、気がつくと腰や肩にその腕が巻きついている。クラウドはなるべくそれを意識しないようドリンクのストローに口をつけた。籐のデッキチェアは身じろぐ度にきしきしと鳴っている。男ふたりで座る椅子じゃないというクラウドの説得にも耳を貸さず、セフィロスは「ならお前は俺の膝に座ればいいだろう」と謎の理論でクラウドを膝に抱え込んだ上でデッキチェアに座っている。まだ眠気が完全に醒めていないのか、クラウドの肩口に顎を置きまんじりとしている。かと思えば、時折首を伸ばし背後からクラウドの手元のドリンクを奪う。厚かましいし、行儀が悪い。
セフィロスは朝からずっとこんな調子で、クラウドを腕の中に置いて片時も離そうとしないのだった。
「海に、出てみる?……あ、セフィロスは泳げないんだっけ」
「それもいいな」
口ではそういうくせに、セフィロスは自分から動こうとはしなかった。調子が悪いわけではないようだが、明らかに精細さを欠いていた。軍人然としていない、英雄という役割を放棄した素顔はこんなものなのかもしれない。
クラウドは嫌がらせのつもりで背もたれと化しているセフィロスへと体重を預けた。体が沈み込むようなクッション性はないが、安定感があり座り心地は意外と悪くない。ただ、腰を抱いてくるセフィロスの手はおとなしくしているわけではなく、形を探るように腸骨のラインを辿っている。それが特段熱を煽る目的ではなく手癖のように無邪気なものだから、たまったものではなかった。
「……おい、セフィロス、」
手癖を咎めようとしたクラウドをよそに、セフィロスは柔らかな声で呟いた。
「休暇は、いいな」
仰ぎ見たセフィロスの顔があまりにも穏やかに微笑んでいたので、クラウドは何も言えなくなってしまった。手を止めさせることも、もっと強く、深く触れて欲しいとねだることも。そして、欲を抱いた自分をひそかに恥じた。
コスタ・デル・ソルに到着したその日にはベッドの快適な寝心地に違和感を抱いていたのに。この感触に慣れてしまいたくない、兵舎のくたびれたマットレスに寝転んだときに絶望してしまいそうだ。クラウドはそう思いながらもそこから起き上がれずにいた。心地よいというのもあるが、胴にぐるりと巻きついた腕と下肢の間に居座る長い足の拘束を解くことができないからだった。
「……暑苦しい」
「そうか?俺は快眠だった。お前はいい枕だな」
その腕と足の主、セフィロスはクラウドの体を背後から抱きこんでいる。けれど、背中に感じる重厚な体が熱を向けてくる気配はない。言葉通り抱き枕代わりにしているだけで、下心など微塵もないようだった。クラウドは無理やりに寝返りを打ち、セフィロスへ向き直った。今にもまどろみに落ちそうな半眼の顔を睨みつけ、気つけにぺちんとその両頬を手で挟む。
「朝ごはんの時間だ」
「もう少し後でもいいだろう」
セフィロスは頬を挟む手を持ち上げ、自分の背中に回した。結果正面から抱き合うような形にさせられ、クラウドは赤面した。セフィロスのはだけた胸元に顔を埋める格好になり、その肌の温度と匂いを存分に味わうことになってしまった。力の抜けた胸筋は存外柔らかく、紅潮した頬にひやりとあたる。シトラスの香りは昨晩の入浴の際に使ったボディソープのものだろう。クラウドも同じ匂いを纏っているが、自分から香るものよりもどことなく甘い。ゆったりとした呼気が耳元をくすぐり、背筋にむずがゆい感覚が走る。クラウドは限界に達して、叫んだ。でなければ、朝の生理現象がごまかしのきかないほどに育ってしまいそうだった。
「~~~もう!起きろ!!」
ふたりが今滞在しているのは先日まで宿泊していたホテルとは別の、平屋建てのヴィラだった。海岸線に面して建てられたヴィラは富裕層向けの別荘の趣きで、フロントの管理棟を入口に中庭、ヴィラ本棟、プライベートビーチへと続く広大な造りになっている。他に隣り合う建物もなく、他の宿泊客とは顔を合わせることはない。若者向けの娯楽や観光客で賑わうビーチの喧騒は遠い。波の打ち寄せる音で満たされた空間は何もしない休暇を過ごすにはふさわしい場所だった。
「退屈か?」
「ううん、おかげさまで、あんたが拘束するせいで退屈してないよ」
テラスのデッキチェアに座るクラウドは、背後から抱き込んでくるセフィロスをじろりと振り返った。
クラウドが管理棟のラウンジに向かうだけでも、セフィロスは律儀について来た。最初は用事があるならバトラーを使えと文句をつけてきたセフィロスだったが、「ふたりきりでいたいのに、わざわざ人を呼ぶのか?」というクラウドの言葉に満足し、ラウンジへの行き来を許している。クラウドは人を使うことに慣れていないし、距離感をなくしているセフィロスとの接触をできる限り目撃されたくないだけなのだが。
触れていないと気が済まないとばかりに、気がつくと腰や肩にその腕が巻きついている。クラウドはなるべくそれを意識しないようドリンクのストローに口をつけた。籐のデッキチェアは身じろぐ度にきしきしと鳴っている。男ふたりで座る椅子じゃないというクラウドの説得にも耳を貸さず、セフィロスは「ならお前は俺の膝に座ればいいだろう」と謎の理論でクラウドを膝に抱え込んだ上でデッキチェアに座っている。まだ眠気が完全に醒めていないのか、クラウドの肩口に顎を置きまんじりとしている。かと思えば、時折首を伸ばし背後からクラウドの手元のドリンクを奪う。厚かましいし、行儀が悪い。
セフィロスは朝からずっとこんな調子で、クラウドを腕の中に置いて片時も離そうとしないのだった。
「海に、出てみる?……あ、セフィロスは泳げないんだっけ」
「それもいいな」
口ではそういうくせに、セフィロスは自分から動こうとはしなかった。調子が悪いわけではないようだが、明らかに精細さを欠いていた。軍人然としていない、英雄という役割を放棄した素顔はこんなものなのかもしれない。
クラウドは嫌がらせのつもりで背もたれと化しているセフィロスへと体重を預けた。体が沈み込むようなクッション性はないが、安定感があり座り心地は意外と悪くない。ただ、腰を抱いてくるセフィロスの手はおとなしくしているわけではなく、形を探るように腸骨のラインを辿っている。それが特段熱を煽る目的ではなく手癖のように無邪気なものだから、たまったものではなかった。
「……おい、セフィロス、」
手癖を咎めようとしたクラウドをよそに、セフィロスは柔らかな声で呟いた。
「休暇は、いいな」
仰ぎ見たセフィロスの顔があまりにも穏やかに微笑んでいたので、クラウドは何も言えなくなってしまった。手を止めさせることも、もっと強く、深く触れて欲しいとねだることも。そして、欲を抱いた自分をひそかに恥じた。