Rosa Alba
たとえ、生き長らえたとしても。
逃れられぬ狂気に捕らえられ続けるのだとすれば――。
その痛みは千の刃に貫かれるほどなのかもしれない。
灼熱の火に炙られるほどの耐え難い苦しみをもたらすのかもしれない。
ならば、いっそ一思いに命絶たれるほうが、どれだけ安楽なことであろうか……。
サガ自身、恐らく身をもって知っている。だからこそ残酷なことだとしても、優しさゆえにサガは言うのだろう。
「優しいサガ。誰よりも。でも、サガ――それゆえに生まれたもうひとりの貴方は今の聖域にとっても、未来においても、必要不可欠な存在。生まれるべくして生まれた存在なのでしょう。貴方が貴方であるために、貴方が生きていくために……聖域のために。そして私は敢えて“あなたたち”に挑む。少なくとも、もうひとりの貴方はこの私に手も足も出せないでいるのだから。それが彼の弱みであり、私にして唯一最大の武器であるのだとすれば。それを利用しない手立てはないのかと」
「ただ……」とアフロディーテは瞳を閉じた。懺悔者のように深く俯く。
「ただ?」
「恐らく……今よりもなお深く、貴方を苦しめることになる。けれどもサガ。約束しましょう。聖域に必ずやロサ・アルバを絢爛に咲き誇らせてみせると」
サガの手に軽く口づけて、アフロディーテは立ち上がった。揺るぎ無い決意を示すように誇らしげな微笑をたたえて。
「――それを私が見ることが可能なのかはわからないが。おまえはもう決めたのだな……」
「はい」
「ならば。誰も手折ることのできぬ聖域の薔薇よ。その心のままに咲き誇ればいい。私のことは気に留めるな」
サガの迷いのない透明な声が静寂の教皇宮に響き渡った。それは福音のごとくアフロディーテの胸に届いた。
「感謝します」と小さく呟いたアフロディーテは一礼したのち、深紅の絨毯の上を颯爽と歩み出した。この赤く血塗れた道を必ずや白き薔薇で埋め尽くしてみせる――そう固く、心に誓いながら踏み締めていく。
そのためには今はまだ、蕾もつけぬ茨をおのれが望むままに誘引しなければならなかった。苦痛に喘ぐ茨と同様、アフロディーテ自らの指がどれだけ傷もうとも。
教皇サガ。
双子座聖闘士サガ。
そして、乙女座聖闘士シャカ。
誰が欠けても聖域は立ち行かなくなるだろう。剥き出しの棘で互いを傷つけあわぬよう、優しく、優しく手折らぬ様に導きながら本来あるべき姿をアフロディーテは強引に捻じ曲げていく。絡み合い、強固な鎖とまでに化したその時、もう誰も決してその絆を解くことはできないだろう。たとえ、それがアフロディーテだとしても。
「それが私の選んだ――最高善だ」
誰に言うでもなく告げたアフロディーテは煌めく黄金の長い髪を乾いた風に浚われた花弁のごとく舞い散らせながら、教皇宮の高みから見渡すことの出来る十二宮を冷徹な双眸で見つめ続けた。