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いのちみじかし 中編

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 じわっと煉獄の頬が赤らむ。それはすぐさま伝播して、たちまち首筋まで朱に染まった。情けなく眉を下げた次の瞬間には、グッと眉根が寄せられる。唇を小さく尖らせた様がすねた子供みたいだと思ったら、それはすぐに引き結ばれて、なにかに耐えている風情に変わった。
 まるで百面相だ。なんとはなし面白くなって、義勇はムフフと笑いたくなるのをこらえた。真剣に話をしているのに――しかもあろうことか告白の最中である――面白がって笑うなど礼を失する。
 義勇の表情は能面のように動いていない。けれども察するものがあったのだろう、煉獄は、とうとう照れくさげに笑った。
「こんなことをされるのは、幼いころに母上にしていただいて以来だ。俺はそんなに子供に見えるだろうか」
「嫌ならやめる」
 言われてみれば子供扱いそのものな仕草だ。ヒヤリとして引こうとした義勇の手は、煉獄につかみ止められた。
「いや、もっと撫でてくれ。君に触れられるのはうれしい」
 素直すぎる直截な言葉は、義勇の頬にも熱を集める。ぎこちない手付きが、なおさら不器用になった。
 それでも、望まれた以上やめるという選択肢はない。だって今日は煉獄の誕生日だ。
 告白の答えを、義勇はまだ選びきれない。それでもきっと煉獄は、義勇の答えがなんであれ笑うのだろう。歓喜に満ちようと、悲しみに沈もうと、煉獄は笑ってみせるに違いない。

 まだ義勇は選べない。己の心が命じるままの言葉を、口にしていいのか判断がつかない。それでも煉獄に、思い返すたび微笑みを浮かべられる記憶を一つでも多く与えてやりたかった。
 だが、痛いの痛いの飛んでけは、ない。さすがにアレはやりすぎの観があったと我ながら呆れ、義勇は小さく一つ深呼吸した。
「……煉獄は、ちゃんと強い」
 思うより声音は冷静にひびいて、少しだけホッとする。真摯な本音だと、煉獄にも伝わればいい。煉獄は黙っている。義勇はさらに言葉を紡いだ。

「煉獄は頑張っている」

「尊敬されるにふさわしい柱だ」

「歴代随一の炎柱に違いない」

 また小さく深く息を吐きだし、義勇は言った。
「ちゃんと、見ている。俺は、煉獄を尊敬している」
 義勇の腕をつかむ煉獄の手が、弾かれるように離れていった。大きく固い手は、また義勇を抱きしめようとしたのかもしれない。刹那、背に伸ばす気配をにじませ、そのまま静かに降ろされた。
 抱きしめられれば困るだけなのに、抱きしめていいのにと落胆もする。揺れまどう相反した願いが伝わったのかはわからない、それでも煉獄の顔は、泣き出しそうな笑みにゆがんだ。

「ありがとう……冨岡」

 たった一言だ。ありふれた礼であり、この短時間で義勇が何度も聞いた文言である。だが万感の思いがこもる言葉だと感じる。
 それぐらいは俺にだってわかると胸を張るべきか、煉獄だからだと気恥ずかしく思うべきか。振り子のように揺れる心は表情に出ぬまま、義勇は煉獄の目を見据えたまま言った。
「俺は二十一だ」
 寝耳に水な言葉を聞いたとばかりに、煉獄の苦笑が取り繕う余地なくこわばった。
「子供だとは思わない。だが、おまえは今日二十歳《はたち》になったばかりだ」
 探るような煉獄の視線の圧は強い。気弱な者なら即座に目をそらしかねないほどだ。けれども義勇はその視線をまっこうから受け止めた。
 暫時見つめ合った末に煉獄が返した反応は、劇的に明るかった。
「……あぁ! そうだな、君は年上だ! 甘えろと……そういうことでいいんだろう?」
「さっきからそう言っている」
「うむ! じつにわかりにくい! 君は本当に言葉が下手だな」
 心外! と目を見開いた義勇に、煉獄は形容し難い顔で笑った。眉尻がわずかに下がった微笑みは、先の苦笑とはどこか違う。
 たわむ目尻に、細く小さな笑いジワが見て取れた。いつも眩しさに目を伏せてしまっていたから、ささやかなそのシワに義勇が気づいたのは初めてだ。

 あぁ、好きだなぁ。

 素直に心に浮かんだ好意は、ときめきとなって義勇の胸を高ぶらせる。頼りない小鳥をそっと手のひらで包むような強さで、心臓が握られた気がする。痛くはない、むしろ心地よい。けれどもどこか苦しくもある。
「……君の言葉は、言わんとすることがよくわからん。だが、理解すればいつでも真摯でやさしいことがわかる。誤解されるばかりなのがもったいないな」
 声音も苦笑めいている。だが、煉獄の笑みも言葉も声も、すべてが篤実でやさしい。煉獄のほうがよっぽど、いつでもやさしい。
 でも、誤解されるばかりとは? 頭をひねりそうになった義勇は、はたと現状に気づき、わずかに身を乗り出した。
「俺のことはどうでもいい」
 ごまかされないぞと、強く見つめれば、煉獄の苦笑が深まった。フッと小さく息を吐き、苦笑を深めながらも煉獄は、義勇から目をそらすことなく静かに口を開いた。
「昔は母上や父上にも甘えたんだろうが……すまん、俺は甘えかたもよくわからん」
 煉獄は笑っている。サラリと告げられた言葉の意味を、煉獄自身は理解しているだろうか。悲しい言葉だと、わかっているんだろうか。
 悲しいと思うのは、俺だけかもしれない。自嘲と誇らしさは同じ重さで義勇の胸にのしかかる。握りしめた拳を義勇はほんの少しゆるめた。
 甘えかたを知らないと笑う男を頼もしいと、柱なら当然だと褒めそやす者もいるだろう。けれども、義勇にとっては悲しい言葉だ。
 煉獄のわかりやすいやさしさと、わかりにくい悲嘆と苦悩。悲しいと思うのは、恋しいからか。煉獄自身が周囲に悟らせまいとしているのか、それとも無意識なのかすら、義勇には判断がつかない。
 それでも、幼いころに煉獄が両親に甘えられた事実はうれしく、同時に、それを忘れたと思いこんでいる今の煉獄が、我がことのように痛ましかった。

作品名:いのちみじかし 中編 作家名:オバ/OBA