天空天河 九
「あはは、、、、いやいや、そうは言っていない。
万が一、誉王が夏江を拒絶し、救助を求めたら、誰かが向かわねばなるまい。
『景琰が行け』とは言っていない。
そもそも行く者がいるかどうかも分からぬのだ。
救助は、誉王派の誰かが行けば良いのだ。
だが地形など、救助に行く者達の頭に入っていた方が、大梁にとっては有利だ。
景琰は辺境には明るいだろう?。
誉王は逃げるとしたら、夏江の兵士の居ない方へ行くしか無い。
元々、辺境は兵士が少ない。辺境に逃げる方が望みがある。
誉王を救出するにしても、恐らく朝廷は、辺境を渡り歩き、地形に明るい景琰に助言を求める筈。
助言だけでも、一応、助ける姿勢を見せねばな。」
長蘇はそれらしい理由を言った。
「、、ぅ、、、ム、、、。
、、、、そういう、、事なら、、、、。」
靖王はあまり納得がいかないが、誉王が夏江の申し出を受けぬつもりならば、夏江の手から逃れ、救助を求める可能性が高いと思えた。
救助の要請は、表立っては官報の緊急版として。
実際は裏で江左盟が、地方の役人に情報をもたらす。
「景琰、では、そこの棚に地形図がある。
取ってくれないか?。
その朱塗りの箱だ。」
「ん、、、これか?。」
「そう、それだ。
大きい物だから、床に広げよう。」
靖王は言われた通りに、畳まれた地形図を取る。
長蘇は椅子から立ち上がろうとして、上手く立てずに、慌てて走り寄る靖王に助けられて座布のある部屋に行く。
靖王が長蘇を、座布の上に座らせ、膝掛けを掛けた。
靖王が床に畳まれた地形図を広げた。
軍部で、よく作戦に使うのは、繋げた羊皮に書かれた大判の地形図だが、目の前の物も、紙を繋げた軍部の物並みの大きい地図だった。
かさかさと音を立て、大きな地形図が、二人の間に広がった。
広がった地図に、二人の心が躍った。
青年の日々、こうして地形図を前に、陣形や作戦を語り合った事が懐かしい。
「誉王は今、ここにいる。
だが逃げるならば、この山に入るだろう。」
長蘇はそう言うと、蜜柑の一つを、誉王かいるという場所に置いた。
「なるほど。
街道が見張られて使えぬならば、寧ろこっちの山の方が良いのではないか?。」
地図を見ながら、靖王が言った。
「うむ、、それも考えたが、こちらの道は登りやすく、追っ手から追い着かれる可能性が大だ。
景琰、どうせならば、こちらの荒れた道の方が良いかも知れぬな。」
「だが、誉王がこの荒れた山道を登れるか?」
「ん―、問題はそこだ。
ム?、景琰、この山道が分かると?。
登った事が?。」
長蘇に言われて、何かを思い出したように靖王が話す。
「靖王府内で、この山道で、早駆けの競走をした事がある。
まぁその、、、、任務の合間にな。
小殊達が、赤羽営でしていたのを思い出してな。」
「ぇ?、、、まさか、とは思うが、、、、景琰も参加して、一人勝ちしたんじゃないだろうな。」
眉を顰めて、長蘇が聞く。
「、、、、、。」
「したのか!!!。」
「私の事をとやかく言えるか!!!、小殊もだろ!!!。
『自分に勝てたら、酒を奢ると』!!。
怪童に誰が勝てると言うんだ。」
「イヤイヤイヤ、、、部隊の士気を高めるためにだな、、。
そもそも、奴等がやりたがったんだ。
私を責めるな。」
二人、無言で睨み合う。
「、、、何故、私達は言い争ってる?。
何の話をしていたのだったか、、、、。
ぁぁ、そうだ、話がずれてしまった。
さっきまで、誉王の話をしていたのだ。」
「そうだった、誉王の話だ。
全く、ここに居ないくせに、話を本筋から外れさせる。」
(長蘇が誉王のせいにする)
「ゴホン、、、話を戻そう。
この道が難しいならば、誉王は別の方面に向かった方が、、、。」
「いや、だが寧ろその裏をかいて、ここを行ったほうが、、、。」
二人の話は、本題一割(いや、それ以下?)、雑談や思い出語りや、古(いにしえ)の英雄の戦陣などが九割で、楽しく夜半まで話し込んだ。
こんな話は一晩ではとても終わらず。
(話は深まる一方で尽きること無く)
これを理由に、次の日に靖王が来れば、また地形図を広げ。
(配下達が蜜柑を持って混ざりたがり、追い払うのに一苦労)
昔話は更に広がり。
話の都合が悪くなれば、また誉王の事に戻り、
『全く誉王ときたら手のかかる』
と、二人は時折、苦笑しつつ、
夕刻には、酒なども酌み交わし、
終わり無く語らい合った。
心の中で、ほんの少しばかり、
誉王に感謝をした。
────十五 峰天愁 終─────