天空天河 九
誉王妃は侍女や村の女に教えてもらいながら、誉王は村の男達に鍛えられながら、日々の糧を得る毎日だ。
誉王は、どれだけ自分が何もできないか、思い知っただろう。
そろそろ、暮らしに慣れ始めた頃だろうか。
朝から働けるようになったそうだ。
そもそも訳ありの者が寄り集まった様な村だ。
村人はそういった者への扱いは慣れているし、詮索もしない。
まぁ、その辺は『適当にやれ』と、配下には命じてある。
死なぬ程度には生かしておいてくれるだろう。
あははは、、、。」
「、、、、なんて奴だ、、、。」
靖王は左手で頭を抱えてる。
「誉王がか?、本当にな。
全く人騒がせだ。
だが誉王は、もはや都には居場所が無い。
金陵の外に出たいと言ったのは誉王妃だそうだ。
誉王妃の英断だったな。」
長蘇のその言葉に、指の隙間から、じろりと靖王が睨む。
「小殊が、だよ。
お前に呆れているのだ。」
「てっきり、誉王は金陵を出てどこかに潜み、帝位を狙う力を蓄えているのかと。
『江左盟が金陵で誉王を保護している』というのは、あくまで私の推理だったが、、、。
まさかお前が本当に囲っていたとは。
だが、夏江から隠し切れるのか?。
夏江が誉王の居場所を見つけて、簒奪を唆したら、誉王は夏江の手を取るのではないか?。
夏江と一緒になったら、本当に大変な事になる。」
「またそれも、誉王の選択次第だ。
環境もあり、選択肢もある。
今、誉王の前に、全ての札が並べられているのさ。
誉王がどれを掴み、何を捨てるのか。
喜劇になるか、悲劇になるか。
この舞台の見所だぞ、ふふふ。」
「お前ときたら、本当に人が悪い。
小殊だけは敵に回したくない。」
「何を言う。
尊重して誉王に選ばせて、やっているのだ。
これ程優しい敵がどこにいる?。」
「何というか、、、老成した、というか、、、、。
いや、、、、すまぬ、小殊、、、忘れてくれ。」
靖王には、『誉王の逃避行』が、長蘇のお膳立てであると察しがついた。
靖王も林殊の、若い頃からの恨み辛みと、草民を巻き込んだ爆破事案。
誉王が立ち上がれぬ程の打撃を受け、失脚しても当然だし、何なら法の裁きを受けさせたいと思っていた。
禁足中に都から出る、それだけでも罪になる。
それだけでも重罪だ。
失脚だけでは無く、もう立ち上がれぬように、更にその様に唆した、当然だと思った。
更には行方をくらまし、帝位争いから抜けると言わせ。
今、行方は表立って知られてはいないが、誉王が見つかれば、親王位すら剥奪され、生涯幽閉されるだろう。
長い間の幽閉は、皇帝の機嫌次第で非ぬ罪を被せられ、毒酒を賜る事もあり、幽閉は帝位争いから解放されるといった呑気なものではなく、命の危険すらあるのだ。
この危険から、誉王を取り無せる者など、今はどこにもいない。
━━どこからどこまでが小殊が誘導した事かは分からぬが。
昔の小殊はこれ程手の込んだ事はしなかった。
昔の小殊も、二重にも三重にも策を立てて追い込む所があったが。
今の小殊はどうだ。誉王がどう動こうと、小殊の手の中から逃げられない。
誉王だけでは無く、今、夏江をも監視しているのかも知れない。
それだけ、『魔』を滅する事に神経の全てを注いでいるのだ。
謝玉や夏江への対応には、小殊の『怒り』を、強く感じる。
全ての謀は、一撃で後顧の憂いを絶つ為に。
小殊の策が『魔』に及ばなかったら、この大梁は『魔』に呑まれ、滅びてしまうだろう。
小殊と共に、『魔』を滅ぼす事に、迷いはないが。
、、、こんなに色々と複雑に謀る奴では無かった。
、、、赤焔事案と、そして十年の刻の中で、小殊は、誰も想像も出来ぬ地獄の中で、藻掻いていたのかも知れぬ。
小殊の苦しみや痛みに比べれば、誉王の今の状況など、どれ程の事も無い。
確かに、何を選び何を捨てようと、誉王の決断次第だ。。
考えるのは誉王自身なのだ。━━
「まだ若い私に『老成』とは、失敬な、、、。
だがまぁ、景琰からならば、褒め言葉と受け取っておくよ。」
「小殊?、『そこ』が気になるのか?。」
「そうとも、まだ私は若く、未来もある。
少し苛(いら)っとしたぞ。
せめて『切れ者』と言ってくれ。」
靖王は『老成』と言った事を、長蘇が少し怒っていると思ったが、そうでも無い様子で、長蘇は話を続けた。
「陛下は赤焔軍を信じずに、まんまと夏江と謝玉の口車に乗り、赤焔軍を滅ぼした。
そして陛下の命令通りに、躊躇い無く、祁王に毒酒を運んだ誉王など、どうなろうが正直どうでも良いのだが。
大梁の民の暮らしや、外敵が国境を越えぬ為には、陛下は金陵の玉座にいなくてはならぬ。
一番の最善は、誉王が応じぬ事だが。
誉王が応じなくても、夏江が誉王妃を人質にとり、無理矢理、誉王を担いで金陵を攻めるとしたら?。
だが、まぁ、誉王が大義を重んじるとは到底思えぬ。
我々が案ずるまでも無く、誉王は自分の利を取るに違いない。
夏江に応じれば、『魔』軍の王として、誉王妃に格好の良いところを見せられる。
もし、そうなれば景琰は?。
景琰は刃(やいば)を誉王に向けねばならぬ。
自分勝手な誉王なぞ、我々としては、どうなろうと関係はないが。
景琰は誉王と同じ血を分けた者なのに、兄弟に容赦がない、と、大梁の人々は非難をするだろう。
非難など、景琰は平気かも知れないが。
心の奥底、どこかに[[rb:痼 > しこり]]が残り続け、それは将来、肝心な刻の、『判断』を狂わせる。」
靖王は今迄、冷遇され、非ぬ噂を立てられていたせいか、長蘇が靖王の立場を気遣う事が多い。
冷遇の原因や噂を訂正せぬ所など、好漢らしい器の大きさがうかがえるが、靖王のこれまでの状況では、長蘇には『処世術が下手過ぎ』としか思えなかった。
『景琰には、綺麗で真っ直ぐな心のままでいて欲しい。景琰の心を、重く、苦しく、させたくない。』
そんな一言一言に、長蘇の靖王への心をずっと感じていた。
昔からそうだった様に、長蘇に守られている心強さを感じるのだ。
━━私の印象などどうでも良いのに。
それよりも寧ろ、赤焔事案が再審されれば良い。
赤焔事案は矛盾だらけで、再審さえされれば、真相は明かされる。そうすれば林主帥の潔白が証明される。
林一族だって再興されるのだ。
林府は手付かずで残されている。
小殊が林殊として、堂々と金陵を歩けて、そして林家の位牌を祠堂で祀る事が出来る。
当然、官位だって授かる筈。━━
堂々と馬に乗り、二人揃って都の通りを歩く、そんな姿が靖王の脳裏には浮かんでいた。
長蘇には、靖王のその目を見れば、考えている事など丸っと分かってしまう。
ちらりと靖王を見て言った。
まるで『林殊』のような、悪戯めいた懐かしいその視線。
「誉王のいる場所を、景琰に教えておこうか。」
林殊の思惑に乗って、良い目に遭った試しは無かった。
、、、、楽しくはあったが。
「は?。
、、、、、私は知りたくない。
私に誉王の救助に行けと?。」