雨降って地固まる
四季の移ろいというものに、歳を重ねていくとどこか心地よさを感じるのは何故だろう。
子どもの頃にはなんの感銘も受けなかった木々の葉の色や、空気の匂い、風の色などに心安らぐひと時を貰うことができる。
特段生き急いできたわけでもなし、周囲に心を配る余裕ができたということなのかもしれない。
「単に老け込んだってことなんじゃない?」
「……」
下の方から飛んできた遠慮のない声にガウェインがじろりと視線を向けると、グランが悪気のない笑顔でこちらを見上げていた。
我らが騎空団の団長は、年齢こそ若いが数々の死線を潜り抜けてきたこともあり肝っ玉が座っている。
物怖じするどころか、目が合うと「あ」と声をあげて更ににやりと笑って見せた。
「…今、ネツァならそんなこと言わないのにって思ったでしょ」
「思うか。阿呆」
予想の斜め上をいく発言に怒る気も起きず、ガウェインは呆れ気味に嘆息する。
グランは素直に「そっか。ごめん」と悪戯っぽく首を竦めながら軽い謝罪を返して、
「夕方までには帰るんだよね?気をつけていってらっしゃい」
とあっさり話題を切り替えた。その辺りの気持ちの転換は非常に有難い。
ガウェインも毒気を抜かれて頷き「ああ。行ってくる」と踵を返し、艇から降りた。
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街の大通りを歩きながら、ガウェインは先程グランに言われた言葉を反芻していた。
『ネツァならそんなこと言わないのにって思ったでしょ』
……。
いや言うわけないだろう鷲王が老け込んだってことなんじゃないとか!
そもそも奴のほうが年上なんだから、年齢に関してどうこう言うなら俺のほうだ。
それにあの男は人の発言を否定しない。意見は言うが、それも相手を肯定してからだ。それが王という立場故なのか生来の性格なのかは不明だが、個人的には見習うべきところだと思っているし人として成熟しており非常に好感が持て
「ガウェイン、こっちですよ!」
不意に後方から名を呼ばれ、ガウェインは思考をぶち切りはっとして顔を上げた。
振り返れば、フロレンスが小走りでこちらに向かってきていて、待ち合わせとして指定していた店を通り過ぎていたことに気がついた。
「すまん、考え事をしていた」
「まったく…。集中すると周りが見えなくなるのは変わりませんね」
「待たせたか?」
「いいえ、まだ時間前でしたから」
ふわりと柔らかく微笑み、フロレンスはガウェインと並んで歩きだした。
昼時ということもあってか、通りはさほど混み合ってはいない。
春にはまだ遠いこの季節、冷たい風が吹き抜けるとそれなりに寒い。厚手の上着の襟を立てて足早に歩いていく人が多い中、フロレンスは落ち着いた彼女にしては珍しく、どこか浮き足だったようににこにこしていた。
「どうした?随分楽しそうだな」
「あら、わかりますか?」
ガウェインが訊ねると、隠すつもりはないようだが多少照れ臭さがあるのか、フロレンスははにかむように顔を綻ばせる。
「だって、ガウェインが私を頼ってくれたのですから。嬉しくて」
「…そういうものなのか」
「そういうものなのですよ。ほら、そこのお店です」
そう言うと目的地であるらしい店舗を指差して、上機嫌にこちらの腕を引いてはしゃぐフロレンス。
しかしガウェインは、彼女が示す先の店を見遣るなり尻込みして足を止めた。
「う…、だいぶ混んでいるぞ」
「仕方ないでしょう、人気なんですから。それだけ信用があるということです」
「飯のあとにしないか?少しすいた頃にまた来ればいいだろ」
「この時期はいくら待ってもこうですよ。行きましょう」
「い、いや、流石に閉店前とかなら…」
「ここまで来てそんな時間に出直すなどという選択肢はありません」
ぴしゃりと言い放たれ口籠るガウェインに痺れを切らしたのか、フロレンスは頬を膨らませてくるりとこちらの背後に回り込み、背中をぐっと押してくる。
「待て待て!他にいい店はないのかっ?」
「ありません。お勧めを教えろと言ったのは貴方ですよ。私のお勧めはあそこなのです。ほらガウェイン!走って!」
「くっ…ええぃクソ!」
押されたところで実際には大した痛快にもならないが、相手が相手である為こちらとしては従うしか道はなく。
走る必要がどこにあるのかもわからず、押されるがままに女性客がひしめく店へと直行した。