雨降って地固まる
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「あれって……ガウェインさん、だよな?」
買い出しを済ませて店を出たヴェインは、往来でも目を引く金髪の長身痩躯を遠目に見て呟いた。
顔は見えないが、隣にいる小柄な女性は連れだろうか。腕を組んでいるように見える。
「どうした、ヴェイン?」
「なぁランちゃん、あれってガウェインさんだよな?ダルモアの」
続いて店から出てきた幼馴染みに同意を求めるように訊ねると、ランスロットもすぐにその人物を見つけたようで「そうみたいだな」と頷く。
何やら通りのど真ん中で女性と揉めはじめたが、その様子は剣呑というより親密で。
少しすると、ガウェインは女性に背を押されて近くの菓子店へと入って行った。
「へえ…。あの人めちゃくちゃ怖そうなのに、奥さんには弱いタイプなんだ」
意外な姿にヴェインが感想を漏らすと、ランスロットが首を捻る。
「ガウェイン殿はご結婚はされていないんじゃないか?」
「あ、そうだっけ。じゃあ彼女か。いいなー。すげー雰囲気良かったなー」
「あの店、確か人気なんだよな。行ったことはないけど」
「お菓子屋さん?」
「うん。チョコが美味いらしい」
「なるほど。だからあんなに混んでるのか。バレンタインだし」
「きっとガウェイン殿、彼女さんからチョコ貰うんだろうな」
「俺もランちゃんに作るぜ!」
「それは楽しみだ。ヴェインが作るものは全部美味い」
買い出し用の荷物を抱え、二人は取り留めのない応酬をしながらのんびりと艇へと戻っていった。
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……疲れた。
壮絶な混み具合の中どうにか買い物を済ませ、フロレンスに昼食を奢り「付き合ったのですから、私にも付き合っていただきますよ」と洋服やら雑貨やらの店に連れ回され、帰ってきたのは日も沈む頃だった。
あの姉は物腰は柔らかく人当たりも非常に良いのだが、母に似て芯があり気が強いのだ。
加えて長らく迷惑をかけていたこともあり、どうにも頭が上がらない。
夕飯すら億劫に感じ、ガウェインはふらふらと自室にまっすぐ戻ると適当に服を着替えてベッドに身を投げた。
まだ寝るには早い時間だが、たまにはいいだろう。
目を閉じるとそのまま微睡に引き込まれていき、すぐに眠りに落ちた。
翌朝、空腹により目を覚ましたガウェインは、ベッドから出ると足元に纏わりつく沈澱した冷気に身震いした。
さすがに長袖とはいえ薄手のシャツだけでは肌寒い。椅子に引っ掛けてあったガウンを無造作に羽織り、顔を洗って食堂に向かった。
「見ぃーつけたぁー!!」
食堂に足を踏み入れた瞬間、甲高い声に寝起きの脳みそを揺さぶられる。
何事かと身構えたガウェインの視界に、離れた席から猛然とこちらに全力疾走してくるコルワが飛び込んできた。
え、俺?俺に向かってきているのか?
まったく速度を落とすことなく突っ込んでくるコルワに恐怖すら覚えつつ、ガウェインはわけがわからないまま反転して走り出した。
「こらー!待ちなさーい!」
「な、なんなんだ一体…!」
何か彼女の恨みを買うようなことをしただろうか。心当たりはないが、あの鬼の形相を見るまでもなくとにかく怒っていることだけはわかる。
が、如何せん艇の上。逃げるといっても限界があるわけで。
最終的には空腹に耐えかねて、甲板まで出たところで両手を上げて降参の意を示した。
だというのに、コルワは野生動物を確保するかの如くこちらの首元に飛びかかり、細腕を絡めてヘッドロックよろしく締め上げてきた。
「やっと捕まえた…!観念しなさいよぉ…」
「ぐ…っ、朝っぱらから……わけが、わからんっ」
低い位置からのヘッドロックは首にも腰にも堪える。
理解が及ばずにされるがままになっていると、コルワがこちらの耳元に顔を寄せて低い声音で凄んできた。
「さて騎士さん……どういう了見かしら、二股なんて。私ハッピーエンドしか認めないんだけど」
「ふ、二股だと…っ?」
「とぼけても無駄よ。ヴェインくんたちが見てるんだから。昨日美女と街でイチャイチャしてたみたいじゃない。鷲王さんっていう立派な相手がいるのに、なに女に現を抜かしてるのよ」
美女と街でイチャイチャというワードがどうにも頭に入ってこない。本当にそれは俺の話か?
混乱を極める中、ガウェインは口をひらく。
「知るかっ。俺は昨日丸一日フロレンスに振り回されていたんだぞ…!」
「フロレンスさん…って、……貴方のお姉さんよね?」
訝しげに訊き返すコルワの腕の力が緩んだ隙に拘束から抜け出し、へたったガウンを羽織りなおしながら首肯する。