雨降って地固まる
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「バレンタインのチョコ…であるか?」
肌を重ね、互いに果てたのちの甘やかな時間。
揃って布団にくるまり、ネツァワルピリの腕の中におさまって奴の胸元に顔を埋め、表情を見られないよう努めながらガウェインは頷いた。
別段訊かれたわけでもなかったが、フロレンスと出かけた目的を話したのだった。
「初めはうまい店の場所を訊くだけのつもりだったんだが、こぢんまりしていてわかりづらいかもなどと言うものだから、面倒だし直接案内してもらうことにした」
まあ、実際はそれほどわかりにくい立地でもなかったのだが。
今思えば一緒に外出したかっただけなのだろう。あの姉にはそういうところがある。
「ふむ。時期的にも混雑していたであろうに。我としては名のある店の品でなくとも、ガウェイン殿が見繕ったものならどのようなものでも嬉しいがな」
「その俺が、うまいチョコを貴様に贈りたかったんだ。うまければ評価され、店の人気があがり、混雑するのも道理だろう。」
頭のてっぺんに顎を乗せて優しい声音で言うネツァワルピリに対し、顔を隠している為か素直な言葉が口を突いて出た。
「せっかく大切な相手への気持ちを形にできるなら…想いの丈と同等の味でなくては、俺の気が済まん」
「……」
言ってから、相手が黙り込んだことではっとした。
今、もしかしてものすごく恥ずかしいことを口にしたのではなかろうか。
一気に全身に血液が巡り、身体が熱くなってくる。
「…というのは後付けだ!選ぶのが面倒だから適当に買ったんだ、勘違いするな…って、やめろ尻を揉むな!」
「…我は果報者であるな。愛する者に愛される以上に幸せなことなどありはせぬ」
官能に響く低い声で囁かれながら、散々快感を拾っていた尻を節くれだった固い手のひらに揉みしだかれると、余韻が抜けたはずの身体の奥からまたぞくぞくと危険な波が押し寄せてくる。
ネツァワルピリの手つきが次第に怪しくなり、指先が後腔を弄りはじめた為ガウェインは慌てて腕から抜け出そうと身を捩った。
また芯を溶かされてはたまったものではない。
脱出した勢いで布団を跳ね飛ばし、相手に背を向けてベッドに腰掛ける。
「い、いい加減にしろ!こっちは朝飯も食っていないんだぞ!」
そう。
我ながら流されてしまったが、空腹のまま性行に及んでいたのだ。とうに限界を超え感覚も麻痺していたが、言葉にした途端思い出したように急激に腹が減ってきた。
「そういえば我も朝食はまだ摂っていなかったな」
「そ…そうなのか?」
睡眠や食事といった自己管理はしっかりできている人物であるだけに、とうに日が上ったこの時間まで何も食べていないというのは意外だった。
振り返ると、ネツァワルピリが大儀そうに上体を起こしながら、どこか面目なさそうに苦笑する。
「色々と考えてしまってな…。慣れぬことはするものではないということか」
「色々とって……まさか、昨日のことを…?」
「はっはっは!我もまだ青い!」
自身で笑い飛ばし、ネツァワルピリは膝を打って立ち上がった。
「さて!何か軽く食べに行こうではないか!」
「あー…しかし、厨房はおそらくチョコづくりの女子たちに占拠されているぞ」
朝昼晩の食事時には料理人のために空けてくれているが、それ以外の時間帯はチョコの調理で予約制らしい。
つまり軽食も望めないということだ。
バレンタイン当日までは毎年暗黙の了解となっている。
シャツに腕を通しながらガウェインが言うと、ネツァワルピリも身なりを整えつつならばと楽しそうに口をひらいた。
「我と街デート、というのは如何かな?」
「ま、街デート!?」
似合わない相手からの似合わないワードに声が裏返る。
確かに忙しい女性陣のスケジュール調整も考慮して、依頼はチョコレートモンスター関連しか受け付けない為時間はお互いあるわけで、こんな機会は年間を通してもこの時期だけなのだが。
「…嫌、であるか?」
首を傾けてこちらの顔を覗き込むようにしてくるネツァワルピリ。答えを予測しきった余裕が見てとれるその微笑は蠱惑的ですらある。
嫌なわけがない。というか行きたい。
一緒に街を歩くなんて、買い出し以外ではまずしない。こいつのいろんな表情を見ることができると思うと楽しみのあまり身体が疼いてくる。
ガウェインはやや上背のある相手に、挑むように尊大に笑ってみせた。
「いいだろう。腹ごしらえをしたら、貴様の冬服を俺が選んでやる」
「それは楽しみであるな!しからば、お主の服は我が選ぼう」
両者にんまりと笑い合い、騒がしい腹の虫を宥める為に部屋を出る。
途中、なんとも言えない満たされた表情のコルワと、どこから涌いて出たのかルナールが廊下で待ち伏せていたが、ガウェインは全力で目を背けて足早に彼女たちの前を通り過ぎた。
傍迷惑な勘違いから生じた一連の騒動だったが、今はどうしようもなく心が満たされている。
誤解によるひずみを修復したことで、更に深く柔らかい部分に触れ合えた気がして。
ガウェインはどこかむず痒いような、こそばゆい心地で愛おしい男の隣を歩いた。
fin.