雨降って地固まる
「フ、フロレンス殿…?」
「……察しろ。阿呆が」
毒づいてみせるが、ネツァワルピリはそんなことには気にも留めず、数秒の沈黙を経て「そうか!」と声を張った。
「そうであったか!では、ガウェイン殿の心は我のもので相違ないのだな!」
「まあ……そういうことに、なる…」
嬉しそうな声になんだか急に気恥ずかしさに襲われて小さく頷くと、思いきり抱き竦められた。
遠慮のない抱擁と安心する体温に、一気に心拍数が跳ね上がる。
「…よかった。お主が他の者を想っているのではと、考えただけで胸が苦しかったのだ。…本当によかった」
男の心底安堵した低い声音が耳朶を叩き、腹の底から沸々と高揚感が湧き立ってくる。
意外だった。
泰然自若で豪放磊落。まさにそんな人物であるネツァワルピリが、俺が女と街にいたというただの噂に心を砕くなんて。
少し意地悪かもしれないが、ガウェインはふと気になったことをそのまま口に出して訊ねてみた。
「…仮に俺に女ができたら、貴様は身を引くのか?」
「うむ。実はそれを一晩考えていたのだが…」
ネツァワルピリは身体を離してしっかり向かい合った上で、意志の強い瞳で言った。
「お主には悪いが、引けぬな」
「……」
きっぱりと断言してくれたことが、この上なく嬉しくて。
緩む口元を慌てて手の甲で覆い隠すこちらの頬を、彼の片手が優しく包み込んでくれる。
「ダルモアの将来を思えば、お主は家庭を持ち子を成すのが筋であろう。しかし、だからといって我はガウェイン殿を諦めることなど出来ぬ。距離感は……まあ、多少改めねばならぬかもしれぬがな」
「…そうか」
「婚姻を蔑ろにできる立場でない以上、いずれはガウェイン殿も良い女性と一緒になるのであろう。そうなれば、我はお主の愛人でも構わぬ」
「ふふ…、くくっ」
あまりにも迷いなく言うものだから、思わず吹き出してしまった。
「む?何かおかしなことを言っただろうか」
「王様が他国の騎士の愛人など、箔がつかんだろうが。」
優しい手のひらに頬を擦り付け、にやりと笑ってみせる。
「跡継ぎが必要なのは貴様だ。俺がそっちに行く。愛人でも側室でも構わん、好きなポジションを空けておけ。…どうせ、俺はお前から離れられん」
「…それは重畳である」
ネツァワルピリが笑みを零すと、その双眸に強烈な色香がちらついたのが見てとれて、ぞくりと下腹部を内側から撫でられるような感覚に捉われた。
直後には後頭部を引き寄せられ、甘い口付けを落とされる。
戯れるような啄む動きから、口の中を暴く荒々しい動きに舌遣いが変わっていく。それを必死に追いかけていると、舌を絡め取られてぬるぬると擦られた。
「ぁ…、は」
次いで舌を強く吸われ、上顎を擽られる。
角度を変えるたびにちゅぷちゅぷと音がたち、意思に反して甘い声が漏れ出てしまう。
そんな反応にネツァワルピリはくすりと笑い、ガウェインの上体を抱えて一緒くたにベッドに横倒しになるなりその身に覆い被さった。
「うわ、ちょ、待っ」
中途半端な制止などなんの効果もなく、あっという間にシャツを引っ剥がされる。
「しかしガウェイン殿、長老たちと同じようなことを言ってくれるな。我は子を成すつもりもなければ、お主以上に誰かを愛するつもりもない」
「……どうだかな」
気恥ずかしくて素直に受け止められず挑戦的に口角を上げて笑って返すと、ネツァワルピリはこちらの肩口に顔を沈めて唇をつけ、皮膚をきつく吸い上げて痕を残した。
「おい…っ、」
「ここなら見えぬ。許せ。」
悪びれた様子もなく言って、更に胸元に二個、三個と花を咲かせるネツァワルピリ。
恭しく丁寧な所作から、こちらの身を大切に扱おうとしていることが窺えて、ガウェインはぐっと口を噤んだ。
「…我はな、思い知って欲しいのだ」
ぽつりと、静かに言葉が落とされる。
意味を求めて相手を見遣ると鳶色の瞳と視線がぶつかり、時が止まったかのような錯覚に陥った。
「お主が、このネツァワルピリのものであるということを」
「ッ…」
面と向かって言われてしまっては到底逃げられず、ガウェインは込み上げてくる幸福と期待を、ごくりと生唾とともに飲み下した。
…ああ、くそ。かっこいい。
俺はつくづくこの男が好きらしい。
「…勝手にしろ」
自信に満ちた男の鋭い眼差しに受け止めきれない熱量を見てとって、ガウェインは己の劣情が露見しないようにそっと目を閉じた。