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土塊に咲く花

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土塊に咲く花


 長針の動く音。退屈な学内の集まりが終わり、生徒たちがぞろぞろと廊下へ流れていく。珍しく学年合同での集会だったので、普段あまり顔を合わせることのない先輩や後輩に混ざるのは、少し新鮮に感じる。ホームルームもすでに済んでいるから、ようやく自由だ。
 少し重い足取りで、目的の場所へと向かう。古い平屋の扉に鍵を差し込み、くるくると回して解錠する。少し動かすたびに引っ掛かり、がたがたと騒ぐ引き戸に肝を冷やしながら、奥へと身を進めた。
「……まだ、生きているかい?」
 どこを見ても、赤と黒に支配された空間。土壁は崩れ劣化した基礎が顔を出し、畳は腐りかけている。辺りに立ち込める臭気は、僕にはもう感じることが出来なくなってしまった。そんな劣悪な部屋に、横たわる影がひとつ。
「さっきは、とにかくタイミングが悪かった。僕といると、周りの人まで不運に見舞われてしまうね。数時間も余計に君を苦しませることになって、本当に心を痛めているんだ。でも、すぐに忘れられるから……ごめんよ」
 巻き込んでしまったこのクラスメイトのことは、正直、よくは知らない。我ながら、本当に冷めてしまったと思う。とはいえ、関わりの強い人たちに手を掛けることは、出来るだけ避けたかった。生きていくために、仕方のないことだと言い聞かせて。

「首尾よくやっているみたいだね」
 あるはずのない呼びかけに、咄嗟に身構える。この場所は、誰にも知られていないはずなのに。注意深く、障子戸の向こうへと目を凝らす。そこには、見知った人物の姿があった。
「そんなに警戒しないでくれよ。今日も、学校ですれ違ったじゃないか」
「……大内、さん」
 僕と同じく特待生向けコースに席を置いている、三年生の先輩。先ほど同じ教室に集まっていた、優秀な生徒のひとりだ。当然、学年別でのカリキュラムが組まれているから、普段は顔を合わせる機会はない。
 日頃から今日のように、人の目を十分に気にして食事を採るようにしているけれど。まだこの生活に不慣れな時に目撃されてしまったのが、大内さんだった。僕にこの隠れ家を紹介してくれた張本人で、扉の鍵のスペアを作って預けてくれたのも彼だ。
 大内さんは鬼の一族で、獲物を捕まえては此処へ持ち込んで喰らっているという。僕に同じ匂いを感じて、以前から様子を窺っていたのだと話してくれた。食事の方法は全く違うにしても、人ならざる同族のよしみだと、たびたび気に掛けてくれるようになっていた。
「匂いに誘われて此処を訪れてみれば、人間が置きっぱなしになっているじゃないか。君の喰いっ逸れだというのはすぐに分かったし、すぐに逃げたり、声を出せるような状態ではない様子だから。一足先に着いていたのだけれど、そのままにしておいたんだ」
「すみません。今日は、大内さんがこの場所を使う日だったのに」
「いや、いいんだよ。気にすることはないさ」
 僕の方を見ながら話した後、横たわるものに視線を移して、目を細めながら続ける。
「いつもと違って、随分と状態の悪い獲物だね。いよいよ君も、手段を選べなくなってきたのかい?」
「……たまたま僕のクラスメイトが、目の前で交通事故に遭ったものですから……轢き逃げでした。幸い周りに人目がなかったので、なんとか此処まで運び込んだんです。昼休みに学校を抜け出して此処に寄って、すぐに学校へ戻るつもりだったので、時間がなくて。まだ息があって、僕としては嬉しいんですけれど……この人には申し訳ないことをしました」
「はは、なるほどね。相変わらず優しいんだな、高田君は」
「いえ……少しでも人を思いやる心があるのなら、怪我人を放っておいたりはしませんよ。僕は、彼に対してほとんど関心が無かった。彼は、僕が助けてくれると信じて、必要としてくれていたのに」
 クラスで優良な成績を残すのも、模範的な生徒であり続けるのも、すべては僕が生きるための術だ。大内さんの家庭でも同じだそうで、基礎学力はもちろん、多くの国での安定した生存力を得る為に、語学を徹底して教育されてきたらしい。不良のように素行に問題があれば、学校や社会でどうしても悪目立ちしてしまう。一人でも多くの人に、僕のことを覚えてもらうために。僕を、必要な人間だと思ってもらうために。僕たちのような存在が生き延びるには、必要な手立てなのだ。
「人間はね、最も身勝手で恐ろしい生き物だよ。人ならざる存在を忌み嫌い、淘汰しようとするのは当たり前。理解して手を差し伸べる者なんて、存在しないに等しい。あの学校に巣食っているというだけで、余計にね」
「正しく自分という存在を自覚してから、嫌というくらい思い知りました。周りの人間は誰も、信用できません」
「うん。だけど、やはりこの国の人間は旨いんだよね。色々な場所を巡ってきた今なら、わざわざ好んでこんな狭い土地に留まる妖たちの気持ちが分かるよ」
「なるほど。だから、日本には妖怪と呼ばれる存在が多いのでしょうね」
 自分が何者かすら分からないまま、ぴいぴいと気管を鳴らして弱々しく呼吸をする彼の胸元に、そっと手を乗せる。
「……もう、助からないでしょうね」
「どうせ死んでしまうのなら、俺が貰ってしまっても?」
「記憶を吸ってしまった後ですから、そんなに美味しくないと思いますけれど」
「俺たちのような日陰の存在は、身を隠さなければ生き延びられない世の中だ。どんなものでも、食事にありつけるだけでありがたいものさ」
 それに。と付け加えながら、大内さんは初めて歩み寄る。それまで障子の陰に隠れていた方の半身には、すでに鬼の様相が露わとなっていた。
「君が記憶を貪ったあとの抜け殻。あれ、みんなろくに生きられずに、すぐ死んでしまうだろう?自由にするだけでは、勿体ないと思っていたんだ。これからは、俺に譲ってもらえないか?」
 少しだけ、返答をためらった。自分が生きる為だけに、人間の記憶を奪って野に放っている。それだけに飽き足らず、そのまま命を横流そうとしている。こんなこと、許されるのか?
 気が付けば、大内さん……の姿をしていた鬼が、そこにあった肉をほとんど食べ尽くした後だった。骨を力任せに避けて肉を食らううちに出来た、大きなお椀のようなそこに溜まった血を、音が立つのも構わずジュルジュルと夢中で飲み干すと、満足そうに口元を拭った。
「そうですね。僕たちの生活も、もっと効率化してもいい頃合いかもしれません」
「おや?高田君のことだから、もっと思い悩むかと思っていたけれど」
「幸せそうな大内さんを見ていたら、小さなことで迷う必要なんて無いと思えたんです」
「つい先日の誕生日で17歳になるまで、自らの正体について何も教えられていなかったとは思えない成長ぶりだね。ちょっと、悪影響を与えすぎたかな」
「いえ。人間としての僕たちは、人目を気にするあまり息苦しい日々を送っていますから。もっと自分本位に生きた方が、きっと楽しいですよ」
 自らの口から、こんな言葉が零れるなんて。正直なところ、自分でも驚いている。
「俺たちは俺たちで、時代に合わせて進化しないとね……それにしても。死にかけの獲物では、さすがに薄味になってしまうなあ」
作品名:土塊に咲く花 作家名:ナツ