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遊十小説その1

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「ん…」

ふと、意識が浮上する感覚を覚える。逆らわずに覚醒させた。
瞼を開き、すぐに映ったのは、薄暗い部屋の中。
パチパチと瞬きをする。ここは…、どこだっけ…?


目覚めたばかりの意識はまだはっきりせず、ゆっくり思考を巡らせる。だが考えるより先に凝り固まった身体の主張が強かった。ずっとそのままだったであろう体勢は、動くことを望んでいる。

身を捩じろうとすると、ギクリと身を竦ませた。いつの間にか背後から拘束の感触があるのだ。なにごとかと一瞬身を強張らせるが、だが十代はすぐに警戒の念を解いた。

そうだった。

身体に纏いつくのは、


温かく、力強い両腕。




昨夜、否、日付が変わってからも今自分を背後からを抱きしめているこの男に翻弄され、ほとんど意識が飛ぶように眠りについたのだ。なので自分たちはなにも身に纏っていない。素肌に安っぽいシーツ感触はもう慣れたものだ。

一つ思い出せば他に様々な思いもまた目覚めだしてきた。






――先に手を伸ばしたのは遊星だった。

精霊の能力を使い未来へとやってきた十代はその足で遊星達が住むガレージまでやってきた。用件は大層なことではない。単純に遊びにきたのだ。
最近では遊星は勿論、彼の近辺に集う仲間達にも十代という存在を受け入れられている。それは十代にとって純粋な喜びをもたらした。


そんなある日、

その日いつものように遊びに来た十代は、遊星の自室でデュエルに興じていた。
彼との勝負は面白く、つい闘争心に火がつき、夢中になってしまう。それは遊星もまた同様のようで、真剣に勝負に挑んでいる。
数回重ね、勝敗は五分五分で互いに満足しかけたころ。


ふと、その場に沈黙が落ちた。何故か言葉を発することが出来なくて、十代は開きかけた口を噤む。ただ、今まで同じ時間を共有していた遊星の纏う気配が変化したのに気づいた。
十代はなんとなく居心地が悪くなり、それでもこの場を離れたくなくて目の前の人物が打破してくれるのを訴えようと顔を合わせた。

瞬間、遊星の藍色の双眸に十代は小さく息を飲む。

絡んだ視線。真っ直ぐ、突き刺さりそうな視線の中に熱をはらんだ確かなナニかを見つけてしまった。
あまりに強い想いに十代は力なく顔を伏せた。

それは以前から気づいていたことだった。

遊星が自分を求めていることに。



十代は気づいていた。
しかし、遊星はあからさまな行動どころか態度すらとらない。もちろん、先輩という位置で慕ってくれているのはわかる。しかし、それ以上の行動にでることはなかった。
それに甘えていたのだ。

思えば酷いことをしていたのだ。寄せる好意をうまく交わし、だけど決定打になる拒絶はしない。意識的ではないにせよ気を持たせる態度で遊星を惑わせる。

今だってこうやって警戒もなく遊星のベッドでくつろいでいた自分も悪いかもしれない。


もう、ごまかしようがなかった。




十代は観念したかのように力を抜いた。

力を抜いた十代に遊星は微かにとまどった顔になった。しかし…、


その時の遊星表情を十代は忘れることができないだろう。

感情を表に出すことを得意としない寡黙の青年が、ホッと顔を緩ませ、なにかを堪える光を瞳に湛える。目はものほどに語るということは本当なのだと知った。

そんな顔を見てしまったら十代はもう拒むことはできなかった


あとは、遊星の顔越しに見えるくすんだ天井が心に残った。





――遊星はまだ齢十八の青年。活力に溢れ、だが未発達な部分も残る若くしなやかな存在。


若い性は快楽に貪欲だ。好きだと、愛している相手だと尚更のこと。華奢な肢体を、快活で皆を照らす心をところあますことなく求めた。
不器用にも気遣いつつ、だが時に強引に肌を滑る手に十代はその身で応えた。

箍を外れ、溢れた感情は激しさを増していく。それに恐怖することもあった。いくら時を刻むのをやめてしまった十代の身体も、その激しさに飲み込まれ、まるであとかたもなく己の存在すら危うくなるとさえ危惧したくらいだ。しかしそれ以上に遊星から齎される熱は、十代を人間としての意義を繋ぎとめられた。


しかし、

十代は明解な感情(こたえ)をだしていない。身体を繋いではいるが、それが恋という感情を持っているか、愛しているのかと聞かれればこたえる事ができなかった。
ただ、この身に触れることを赦した遊星は年相応の顔を見せてくれた。大人びた、だけどまだ純粋さを残すあどけない顔。初めて“絆”とともに大切な存在を得たことで彼は可能性の未来を情念を強くさせたのだ。

そんな相手に『愛はない』と無慈悲なことを告げることは十代にはできなかった。



それから流れるままこの関係は続いている。



… … … …



『どうしたんだい…?』

いつの間にか物思いに沈んでしまった十代の頭の中に、響く声が聞こえた。突如現れれる、十代にとって片割れとなった存在。

「…ユベル」

『まだ夜明けは遠い。もう少し寝たほうがいい、十代』

「……ああ」



『なにか思うことがあるのかい…?』

「…ちょっと、不思議だと思って」

『なにがだい?』


「ずっとオレに執着していたお前が、遊星とこんなことしているオレがいるのに…。その、…なにも口出ししてこない…っていうか…」


疚しいことを告白するようにぼそぼそと告げる十代に、フッと笑いの気配が。

『なにを今更なことを…。――ボクは君を愛している。ずっと君だけを見ている。だけど一つになったボク達は触れ合うことはできない。…でもね』


『“一つ”だからこそ、君の感情が流れ込んでくる。だから十代、ボクに隠し事は無駄なことなんだよ…?』

それはつまり


「ッ!!!!」

己の心の底の本心を言い当てられた十代は瞠目させた。

『君が本当に嫌がっていたなら、同情なんかだったら、こんな男など、さっさと八つ裂きにしてる』


「ゆ、ユベル~~…」

部屋が暗くて良かったと思った。きっと今の自分はこれ以上にないくらい紅くなっているだろうから。
尤も、精霊であるユベルには障害になるものではないかったが。ばっちり慌てふためく十代の姿が見えた。



『確かに君には迷いがある。』



『だけど十代、それは君自身気づいていてどうすればいいかわかっているんだろう…?』

「………」

『選んだ答えを後悔しないでほしい…。それがボクの忠告であり願いでもあるよ』



「――…ユベル、お前はオレ以上に…、オレのことをわかってるんだな…」


『…、さあね』

なんとも連れない返事に十代はガクッと肩を落とした。
その姿がおかしかったようで、ククッと喉をならすユベル。

『結局、己の本心というものは本人でしかわかりえないものなんだよ、十代』

台詞を最後に、十代の相棒は自分の住処へといってしまった。
まったくと嘆息を一つ零す。


そうだ、答えはまだ出さない。――…出せない。


唯一わかることは、遊星とこういう関係を結ぶことは本気で嫌がってはいないこと。
むしろ…、いや



認めたら…、いけない。だっていずれオレは…


きっと残酷な引導を彼らに渡すのだろう。
作品名:遊十小説その1 作家名:名瀬みなみ