黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 32
「ああ、そんな事もあったわね。でもそれが今さらどうしたっていうの?」
シンの口移しは、もう数年も前の話である。ヒナは忘れかけていた。
「お詫びだよ……!」
シンは、ヒナに口づけをした。
「んん……!?」
この世で最も柔らかいものが、二人を包み込んだ。
一頻り口づけをするとシンから唇を離した。
「急になにするのよ!?」
「言ったろ、お詫びだって」
「実の姉の唇を、一度ならず二度までも奪うなんてどこがお詫びなのよ!?」
「オレは姉貴が好きだ」
この一言に、ヒナは言葉を失った。
「オレは、色んな女を抱いてきちゃいるが、ヒナが好きだ。姉貴としてではなく、一人の女として」
実の姉弟でありながら、シンはヒナへの想いを伝えた。
「本気なの、シン?」
いつもならヒナの方が冗談を言って、からかっているところだが、今は違った。
「なーんて冗談、なんかじゃないぜ」
シンは酒を飲み、ため息をついた。
「シン、あなた酔っ払っているんでしょう? じゃないとこんなこと……!?」
シンはまた、口づけをし、手をヒナの豊満な胸に触れた。
「んん、ちょっ、どこに触って」
「はは、このまま最後までしてもいいんだが、太陽の巫女の後継者は見つかっちゃいないだろ? ここまでで勘弁してやるよ」
ヒナは、全身が熱くなっていた。シンに触れられた胸はまだ、やさしくシンの手に包まれているようだった。
「さーて、飲み直しだ!」
シンは、手酌で杯に酒を注ぎ、ぐいっ、とあおった。
「待ちなさいシン」
「ん? どうしたヒナ?」
「呼び捨ては止めなさい。恥ずかしい真似をしてくれた礼よ。一緒に朝まででもお酒に付き合ってあげるわ」
ヒナは最大限の見栄を張った。
「正気か、姉貴? もうイズモの酒しか残ってないぞ? ぶどう酒で酔ってた姉貴には少しばかり強いぞ?」
「あたしは飲めないんじゃなくて、飲まないだけよ。本気になればそれくらい飲んでみせるわよ!」
「そうか、なら遠慮なしだ。飲み比べと行こうか!」
「望むところよ!」
禁断の恋仲となった二人の飲み比べは、空が白むまで続くのだった。
※※※
世界を救う冒険が終わってから更に十年の月日が過ぎた。
ハイディアでは、一人の妊婦が産気付いていた。
その妊婦は、ジャスミンであった。
デュラハンとの戦いで、潜在能力を引き出してくれた超兵糧丸の副作用で、不妊の期間が発生した。特にも味音痴のロビンは、激しく不味い超兵糧丸を旨いと言って多く食べてしまったが故に、一生不妊になってしまったかと思われた。
ジャスミンも夫同様味音痴で、シンとの修行の折りに超兵糧丸をパクパク食べていた。
何年も行為に及んだが、一向に当たる事がなくそのままずるずると時だけが進んでいった。
そして十年の時がたってようやく子を授かることができた。
「ジャスミン、頑張れ!」
「はあ、はあっ!」
村唯一の診療所では、エナジストの魔法医がジャスミンの分娩を行っていた。
「君、湯を沸かすのだ」
魔法医は助手に命じる。
「はい!」
助手は炎のエナジーで湯を人肌の温度に温めた。
「ジャスミン、頭が出てきたぞ。ここからが踏ん張りどころだ!」
「はあっ! んうっ、はあはあ!」
ジャスミンは、この世のものとは思えない痛みに耐えていた。
「本当ですか先生!?」
ロビンは魔法医に、かじりつくように迫った。
「落ち着くのだロビン。分娩は上手く行っている。お前はジャスミンを応援するのだ。それが今お前のできる唯一にして最大の事だ」
「分かりました先生! ジャスミン、俺がそばにいるぞ!」
ロビンは、ジャスミンの手を握ってやった。
「……うん、わたし、がんばるから...…んううっ!」
ジャスミンは、ロビンの手を強く握り返す。
「ジャスミン、私の呼吸に合わせるのだ。それ、ハッハッハッハッ!」
「ハッハッハッハッ!」
ジャスミンは、魔法医の言う通り呼吸する。
「頭が完全に出た! もう少しで産まれるぞ!」
「ああああ……!」
ジャスミンは、尚も激痛に喘ぐ。
「ロビン、お前も呼吸法をするのだ」
「分かりました! ジャスミン、呼吸を合わせるぞ。ハッハッハッハッ!」
「うんうっ! ハッハッハッハッ!」
ロビンと呼吸を合わせたその時だった。
「はううっ……!」
ついに待望の時はやってきた。
「アギャア! アギャア」
「産まれたぞ!」
産声と共に、ロビンとジャスミンの子は誕生した。
「おめでとう、ジャスミン、ロビン。元気な男の子だ」
産まれた赤子は、産湯にて血塗れの体を洗われた。
「よくやったぞ、ジャスミン!」
「……うん」
ジャスミンは、一言答えた。
今もまだ産声を上げるロビンとジャスミンの子は、二人の目には輝いて見えていた。
ロビンが産まれた赤子を見ていると、不意にどこからともなく声のようなものが聞こえた。
──ムート──
「えっ!?」
ロビンは静かに驚いた。
「どうした、ロビン?」
魔法医は訊ねた。
「今何か声のようなものがして……気のせいでしょうか?」
「声のようなもの……?」
「えっ……ロビン?」
ジャスミンは、困惑した。
──ムート──
謎の声は繰り返された。
「ムートって声が聞こえるんだ。これは一体……」
「ふむ、ロビンよ。それはその子にそう名付けよという神の思し召しではないのか?」
魔法医は言った。
「ムート……」
「いい名前だと思うわ、ロビン。神様が付けてくれた名前なら素敵だわ」
ジャスミンは、たった今産み出した子供の名にふさわしいと思っていた。
「ムート、か……」
ロビンは、産声上げる我が息子を見た。
「うん、そうだな。この子の名前はムートだ!」
ロビンは、我が子をムートと名付けることにした。
「よく産まれてきてくれたな、ムート。強く育ってくれよ!」
ムートは、産声をあげ続けるのだった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 32 作家名:綾田宗