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｢イズモ村じゃあ結婚の祝辞の中に、夫婦で御神酒を頂く慣わしがあるんだ。文化の違いはあるだろうが、オレとしてはこいつは外せないんでね。さあさあ、飲んでくれ！｣
　ハイディアで使われている杯とは全く異なった形状をした、平らで横に広い円形の杯に、シンはイズモの酒を酒樽から掬い取った。
｢さあさあ！　一気に行け！｣
　シンは急かす。
｢はぁ、それじゃ頂きます｣
　ロビンは、シンの言う通り、一気に飲み込んだ。
｢……っかは！　辛い！｣
　口当たりは最悪であった。
　一口飲んだ瞬間、辛みが襲いかかり、火を吹けそうなくらい喉が熱くなった。
｢なにこれ、苦いよー｣
　ぶどう酒も渋味があって一気に飲める酒ではなかったが、イズモの酒は苦味が強く、これを一気に飲むのは慣れている者だけであった。
｢神の行う穢れを祓う儀式だ。その一杯だけは一気に飲まなきゃ駄目だ｣
　シンは、かなりの無茶振りをしていた。
｢シン、本当に一気飲みしなきゃ駄目か？　体にすごく悪い気がするんだが……｣
｢私も……気持ち悪くなりそう……｣
｢大丈夫。そんな時のためのピカードのエナジーがある行ける行ける｣
　シンは、どうしても一気飲みさせたかった。
｢それ、一気一気！｣
　シンは、手を叩きながらはやし立てた。
　場の雰囲気が完全にシンのペースになっていた。
｢なんか面白い事してるな！｣
｢一気って、あの並々の酒を飲むのか！？｣
　近くにいた村の男達も、シンのはやし立てにのり始めた。
｢一気、一気！｣
｢ロビン、一気！　ジャスミン、一気！｣
　ついには周りの人々全員がシンのコールにのって、ロビンとジャスミンは引くに引けなくなった。
｢……ジャスミン、もう覚悟を決めよう。『アンチドウテ』があるなら大丈夫なはず、だ｣
｢ロビン……分かったわ。我慢して飲むわ！｣
｢よし、せーので行くぞ｣
｢うん、せーの……！｣
　二人は声を合わせると、一気に酒を口に流し込んだ。
　辛味と苦味が合わさった最悪の口当たりに耐え、味わうことなく胃の腑に流し込んだ。
　喉から胃袋にかけて熱さを感じながら、二人は何とか杯一杯を飲み干した。
｢……ふう……｣
　ロビン達は空になった杯を置いた。
｢おー！　飲みきったか！　これで二人の将来も安泰だな！｣
　イズモの強い酒を一気飲みするという無茶振りをしていたシンだが、心から二人の幸福を願っていたが故の無茶振りだった。
｢ハイディアのみんな、場を盛り上げてくれてありがとう！｣
　ハイディアの民は拍手で応じた。
　しばらく拍手した後、ハイディアの民は散会していった。
｢うう……｣
｢もう飲めない……｣
　ロビン夫妻は卓に突っ伏していた。
｢酒が回りすぎたか。おいピカード、治癒エナジーを頼む｣
｢構いませんが、あまり無茶な事はこれっきりにしてくださいよ？　エナジーも無限じゃないんですから｣
｢すまんすまん。それじゃ頼むぜ｣
　ピカードのエナジーによって、ロビンとジャスミンはしらふに戻った。
｢酔いは覚めたか、ロビン、ジャスミン？｣
｢酔いは覚めたけど、口の中が辛いままだ。シン、水をくれるか？　ジャスミンの分もな｣
｢おう、ちょっと待ってな｣
｢水を持ってきたふりして酒だったら、殴るからな｣
｢そんな事しないよ。後はオレの分だからな｣
　シンは、水を取りに行った。
｢お待ちどうさん、水持ってきたぜ｣
　シンは、小さな樽に水を並々に汲んできた。
｢ありがとう、シン。……本当にこれは水なんだろうな？｣
　ロビンは疑っていた。
｢水だって、そう睨むなよ｣
　ロビンは、半信半疑で口にした。それは無味無臭であり間違いなく水であった。
｢これはなんだろう？　力が湧いてくる｣
｢その水はな、イミルのマーキュリー灯台ふもとに湧くヘルメスの水だ。こんなこともあろうかと、メアリィに頼んで持ってきてもらったんだ｣
｢そんな事しなくても、最初から無茶飲みさせなきゃよかっただろうが……｣
　ロビンは口を尖らせた。
｢それはさっきも言ったろう？　オレの村では神からのお流れを頂く婚礼の儀があるって。御神酒で穢れを祓わなきゃ無病息災の結婚生活を送れないぜ？｣
　ロビン達にした無茶振りは、シンなりの二人の幸福を願うゆえのものだった。
｢さて、儀式は終わりだ。後はゆっくりちびちびとやろうぜ！｣
　酒宴はそれからしばらく続いた。
　ぶどう酒が主に飲まれていたが、次第に飽きてきた者がおり、シンの持ってきたイズモの酒を求めた。
　シンは、気兼ねなくイズモの酒を分けてやった。
　しかし、イズモの酒の強さに倒れてしまう者だらけで平気で飲んでいられるのはやはり、シンだけだった。
　酒に強いピカードも興味本位で飲んだが、何杯もぶどう酒を飲んでいながらも顔色を変えなかったピカードさえも、杯一杯で眠ってしまった。
　イズモの酒は、シンの以外の全ての人を酔い潰した。
　卓の上は酔い潰れた人々が突っ伏し、眠っていた。
｢……ん｣
　ヒナはぶどう酒で酔い、眠っていたが、ふと目が覚めた。
　イズモの酒で倒れた人々が卓の周りに眠っていて、シンだけが平気な顔をしてイズモの酒をちびちび飲んでいた。
｢まだ起きてたの、シン？｣
　ヒナは声をかけた。
｢あれ、姉貴、寝てたんじゃなかったのか？｣
｢ちょっと目が覚めちゃってね。それにしてもひどい惨劇ね。イズモの酒に酔った人ばかりじゃない？｣
｢いやー、オレと飲み比べしたいってやつが多くてさ。その相手をしてたんだ。結果はオレの全勝だけどな｣
　シンが飲み比べをした相手には、イリスも含まれていた。イリスも例外なく酔い潰れていた。
｢デュオニソスって酒飲みの神様よりも強いって豪語してたが甘かったな｣
　シンは小さく笑った。
｢でもそんな豪語するだけあったな。なかなか降参しないで、酒樽半分は空けたからな｣
｢天界の女神様も酔い潰すなんて、罰当たりね、まったく｣
　ヒナは少し呆れていた。
｢姉貴もどうだい？　飲み比べじゃなくて故郷の味を堪能してみたらさ？｣
　普段のヒナなら断っていたところだが、寝酒に飲むことにした。
｢そうね、一杯頂こうかしら｣
｢そうこなくっちゃ姉貴じゃねぇな！｣
　シンは、杯にイズモの酒を注いだ。
｢頂くわ｣
　ヒナは、ちみりと酒を口にした。
｢くうぅ……！　相変わらず辛いお酒ね。あのオロチも酔っぱらうのも頷けるわ｣
　魔龍オロチを倒すのに一躍買ったイズモの酒は、やはりヒナには強すぎた。
｢こんなの飲んでて平気でいられるなんて、シンは大の酒のみね。オロチと飲み比べしても勝ってたんじゃない？｣
　ヒナは、お得意の冗談を言った。
｢姉貴、いくらなんでもそりゃ無茶だぜ。オレだって底なしじゃないんだからな｣
｢それもそうね……ふあ、眠くなってきちゃったわ
｢寝るのか姉貴？　それじゃそろそろオレも寝るかな。飲みすぎはよくないからな｣
｢今さらそれを言う？　もう樽一つ空けちゃったじゃない｣
　みんなで飲んだシンの酒樽は、ほぼ空っぽであった。
｢なあ、姉貴｣
｢どうしたの、シン？｣
｢その、ヒースとの戦いの時はすまなかったな。姉貴の初めてを超兵糧丸の味にしちまって｣
　デュラハンとの戦いの折り、シンは、超兵糧丸を口移しでヒナに飲ませていた。