構築者
不意に響いたノックの音に、ガウェインはいつの間にか閉じていた瞼を押し上げた。
グランサイファーの自室のベッドの上。読み物をしながらそのまま眠ってしまっていたらしい。開いた状態で顔に乗った本をどかして身体を起こすと、再びノックの音がして来訪者から声がかかった。
「ガウェイン殿、おらぬのか?」
「…なんだお前か。勝手に入れ」
扉まで出迎えようとベッドから足を下ろしかけていたが、気の置けない相手であることを認めるとガウェインは脱力してベッドに寝直した。
閉じてしまった本を開きなおし、さてどこまで読んだかなとページを捲っていく。
程なくして扉が開けられ、ネツァワルピリが顔を出した。
「失礼する。む……読書中であったか、すまぬな」
「いや、寝ていた。紅茶ならあるが、飲むか?」
「気持ちだけ頂こう。今しがたコーヒーをもらったばかりでな。グランと少し話をしていた」
「…団長と?なんの話だ?」
指を挟んでいた本を閉じて枕の横に置き、胡座をかきながら「とりあえず座れ」とベッドをぽんぽん叩いて、身体ごとネツァワルピリのほうに向きなおった。
促されるままにベッドの淵に腰を下ろして相手が口をひらく。
「実は、定期的な帰省を考えている」
「……、…あー。なるほどな」
唐突に結論から切り出されたが、それだけで凡その話の流れが見えてガウェインは小さく頷いた。
少し前、ネツァワルピリの島は同族でもある夜目の一族という集団に襲われた。
暗殺を図られたネツァワルピリは難なく敵を撃退したものの、闇夜に紛れて首謀者を取り逃していた。
「夜目の一族の目的は、翼の一族に成り変わること。必ず再び襲ってくるであろう」
「そうだな。…そういえば、お前の島には騎士団のようなものはないのか?」
自分が騎士であるためつい騎士団と口にしてしまったが、自警団かそれに近しいものは存在するのだろうか。
と。なんの気なしに質問してみて、すぐにはたと思い出した。
そういえばこいつの一族は、民が皆一様に武芸を嗜んでいるのだった。
ネツァワルピリもにこりと笑顔を見せてかぶりを振る。
「そのようなものはない。言うなれば、村全体が戦力である」
「…それはそれで凄いよな」
戦闘民族とはそういうものなのか。
口の端を引き攣らせて笑うガウェインに笑い返し、ネツァワルピリはひらいた膝に肘を突いて床を見つめて続ける。
「以前夜目の一族に遅れをとったのは、相手の正体が不明で手が出せなかったこと、そして単純に暗がりでの戦闘が我等に不利であったことが原因であった」
「貴様も鳥目だしな」
「うむ。しかし、相手が夜目の一族という名の同族で、暗闇対策も完了している今、我が翼の一族が引けを取ることはない。寧ろこそこそと動いてまわるあ奴らよりも、団結することができた我等のほうが強いと自負している」
団結。
そう、個々に力がある翼の一族が一方的に襲われていたのは、民がそれぞれ違う方向を向いていたからだ。
ネツァワルピリがバラバラだった心をまとめ上げて、共に困難に立ち向かうという道を示したことで、今では集として結束できている。
そこまで考えて、ガウェインは「ああ」と声を上げた。
「だから『定期的』な帰省か」
長期的や短期的ではなく、定期的。
「左様。我は皆の力を信じておる。が、だからと言って民に甘えて外で自らを鍛えてばかりではな。時折り島に戻り、安心させてやらねば」
「…確かに、それは大事なことだな」
「知遇を得て嬉しく思うぞ。グランも快く承諾してくれた」
共感を示すとネツァワルピリはぱっと顔を上げ、いつもの快活な笑みを見せる。
奴なりに心配していたのだろう。俺がどんな反応を返すのか。
豪快な性格の割に小さいことを気にする男だ。思わず苦笑が漏れた。
王が自分の島への決定を下したというのに、他国の騎士が異議を唱えるわけがない。身分も違う上に部外者なのだから当然だ。仮に何かしらの意見があったところで普通は耳など傾けない。
それをこんなふうに伺いを立てるように話してくれたのは、きっと以前こちらがした『隠しごとはするな』という願いを律儀に叶えてくれているからなのだろう。
じわじわと嬉しさが込み上げてきて、緩みそうになる口元を誤魔化すようにガウェインはひとつ咳払いをした。…わざとらしくなかっただろうか。
「で?いつ行くんだ?」
「そのことであるが、我はガウェイン殿に共に来て欲しいと考えている」
「そ……え?」
間抜けな一音をふたつ発して固まってしまう。
てっきりひとりで行くから、たまに不在になるという話だとばかり思っていた。
「…団長たちは?」
動揺しながら訊ねると、ネツァワルピリは目を細めてこちらに手を伸ばしてきた。
無骨な長い指先がそっと頰に触れてくる。
「…何か助力を求めて同行を希望しているわけではない。これは我のわがままでな。お主が来てくれると嬉しいのだが、如何かな?」