構築者
つまり、俺だけを連れて行きたいと。
ぶわりと全身が熱を帯び、勢いよく俯いた。触れていた指が離れてしまったことが残念だったが、ちょっと今は見せられるような顔をしていない。
気恥ずかしさと驚愕と歓喜が混ざり合って、変な汗までかいてきた。
「……い、いいだろう」
「誠か!」
ぼそりと答えてやると、ネツァワルピリが笑顔を輝かせて両腕を大きくひらいて思いきりこちらを抱き寄せた。
眼前に筋肉質な胸が迫り逞しい腕に包み込まれて、容赦なく奴の匂いが鼻腔を襲う。胡座が崩れて組み方に困った足が無意識に正座の形をとってしまう。
「感謝するぞ、ガウェイン殿!」
「た…滞在期間は」
ネツァワルピリの顎が甘えるようにこちらの肩に乗せられ、身動きが取れなくなって棒読みで質問した。
想いを交わし合って肌も重ねてきた間柄ではあるが、未だにスキンシップは慣れない。
相手の耳飾りがちゃり、と耳元のすぐ近くで鳴りぞわりと鳥肌が立つ。首元を鳶色の髪が擽ってきて、顎に押された肩まで性感帯になってしまったかのように感じてしまうし、なんだかもう消えてしまいたくなる。
そんな大忙しなこちらの心境などお構いなしに、ネツァワルピリが抱き締める腕に力を込める。逃さないと言わんばかりだ。
息苦しいが、それ以上に心音が伝わってしまいそうで気がかりだった。
「三日程度を予定している。明後日には次の島に着くそうだ。そこで艇を降りて定期艇を乗り継いでいく」
「…わかった」
「グランに聞いた限りでは、暫くはザンクティンゼルに停泊する予定らしい。帰りはそこを目的地として定期艇を使い、合流することになっている。進路や日程が変更される場合は手紙で連絡がくる」
「ま、任せる。任せるからそこであまり喋るな…、離れろっ」
至近距離でその腰にくる低い声が耳朶を叩くと、真面目な話をしているはずなのに何故か卑猥なことを吹き込まれているような気分になってくる。
耐えきれずに相手の胸を押しやって離れようとするが、筋骨隆々な鷲王はまったく動じずにこちらの顔を覗き込んできた。
「そうは言うがな、ガウェイン殿。」
赤褐色の瞳に視線を絡めとられる。するりと背から離れたネツァワルピリの片手の指先が顎に引っ掛けられ、親指の腹に唇を撫でられた。
「その物欲しそうな顔、実にけしからん」
「ッ…」
くいっと親指に力が入って唇を割られ、口を開かされてしまう。触れ合いそうな距離まで顔が近付いてきて、互いの唇が今にも重なりそうになって。
「…今、何を考えている?」
相手の吐息が唇に触れる。獲物を捉えたような眼光を放つ赤い双眸からは目が離せず、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
待ち侘びる口付けがなかなか与えられず、無意識に喉が鳴った。
「返答次第では、承服しかねる」
触れそうで触れない距離感に、息をするのも憚られる。
思考がまったく働かず、どう答えるべきかわからない。どうしたらいい?
ばくんばくんと荒れ狂う心音が脳を揺さぶってくる。
唐突に、背中にあったネツァワルピリの手がするりとシャツを捲って腰から侵入してきて、その熱と直接的な感触にはっとした。
「ま、真っ昼間から何を言っているんだ貴様は!」
「ぶ」
相手の顔をべちんと手のひらで抑え、身体を捩って無理やり抱擁から逃れベッドから降りる。
すっかり茹で上がった顔を見られないように背を向けて、熱をやり過ごすようにシャツの胸元を摘んでぱたぱたと扇いだ。
「…団長に話してくる」
「その顔でか」
「うるさい!俺の顔なぞ、気にするのは貴様くらいだ!」
ベッドの上に鼻を庇う鷲王を一人残し、ガウェインは大股で扉に歩み寄りノブに手をかける。
「ガウェイン殿」
「…なんだ」
「今宵、我の部屋に来ていただいても?」
「ッ…死ね!」
「はっはっは!手厳しいな!」
一言吐き捨てて、自室を出ると乱暴に扉を閉めた。