構築者
島の常識であればこそ、過度に驚いたりしては失礼だろうと思って平静を繕っていたのだが…
疑問符ばかりが飛び交うこちらに、ネツァワルピリは「それは容易に検討がつく」と頷いた。
「以前跡継ぎ問題で帰省した折に、添い遂げたい御仁がいるという話は既にしていたのだ。名前こそ出さなかったが、ガウェイン殿と会ったことで誰のことを指していたのかわかったのであろう」
明朗快活であり、威風堂々。
そんな大器を思わせる口調で、恥ずかしげもなく。なんならいっそ嬉しそうですらあって。
事前に匂わせていたのはお前自身だったのか、とか。
男を見てそいつが添い遂げたい相手だとは普通思わないだろう、とか。
言いたいことは山ほどあったが、とりあえずそれ以上に。
「だからって……受け入れていいのか?」
一番肝心であろう部分を訊ねた。
他ならぬ王だ。跡継ぎの芽を摘む選択をすることを周囲が認めていいのだろうか。
「我もそこのところは少しばかり意外でな。故に嬉しくて、ついお主にも打ち明けてしまったのだ」
「…そ、そうか」
少年のように無邪気に破顔するネツァワルピリ。先程までの威厳はどこへやらではあるが、俺が大好きな表情だ。
「しかし、先程も言ったがお主を困らせたくはない」
「…ああ」
「衝動的に口にしてしまったことは謝る。…だが、知っていてほしいのだ。」
徐々に声音が落ち着いていく相手にガウェインが上目遣いに視線を投げると、自信に満ちた面持ちで鷲王が口元に微笑を称えてこちらを見据えていた。
「いつでもお主を迎えたいと考えていること、そして、お主を幸せにする覚悟ができていることをな」
「っ……、」
まっすぐ向けられる真摯な言葉たちに、ぶわりと全身の熱が上がっていく。
羞恥心が限界まで引き上げられ、ガウェインは視線を逸らした。
「し、素面でそういうことを言うな…!」
と、そこへイッパツがラーメンを運んできた。
「お待ちどう様ぁ。熱ぅーいうちに、召し上がれ」
「おお!美味そうだ!」
湯気が立ち上る丼を見下ろして瞳を輝かせ、ネツァワルピリは割り箸を割った。
ガウェインもひとつ嘆息を落としてから、気を取り直して箸を手にする。
「…この話は終わりだ。貴様のせいで俺のラーメンが伸び放題じゃないか」
「はっはっは!それはすまなかった。では、今はガウェイン殿ではなくこのラーメンを頂くとしよう」
「……たまにオヤジ臭い言い回しをするよな」
呆れて思わず吹き出しつつ、すっかり伸びきってしまったラーメンをまたすする。
ぬるいスープに柔らかすぎる麺は、お世辞にも美味しいとはいえないものになってしまったが、どのみち今は味などわからないほど羞恥と緊張に満たされている。でもこの気持ちは、それだけではない。
全身をすっぽり覆い尽くすこれは、幸福感。
大切にされていることは知っていた。
惚れた腫れたの関係を超えた、居心地の良さを自分も感じていたし、可能な限り隣にいるつもりでいた。
しかしそれを言葉にしたことは互いになくて。
立場も、背負っているものも、志も異なるから、重荷にならないようにと無意識に胸の中に押し込んでいた。
恋愛に走る若者ならいざ知らず、節操のある大人なのだから。
その暗黙の了解ともいえる見えない壁を突き壊してきたことは非常に驚いたが、手を差し伸べてくれたことがこの上なく嬉しくて。
「…おい」
「ん?」
美味そうに麺をすすり上げ、もぐもぐと顎を動かす鷲王。
本当にこいつは……格好いいときと格好悪いときと可愛いときが常に巡っていて忙しい。
ガウェインは、そんな愛しい男に目を細めた。
「次の帰省も、ついて行ってやる」
「なんと!それは頼もしい!」
「小型艇の操縦くらいはやってやらんでもない」
「そ、それならば我とて…」
「やめろ、寿命が縮む」
ネツァワルピリの言葉に被せる勢いでガウェインが言い、二人揃って小さく笑った。
「ガウェイン殿。」
ネツァワルピリは一度箸を置くと居住まいを正して、改めて握手を求めるように右手を差し出してくる。
「これからも、宜しく頼む」
彼の言う「これから」に含まれる意味を知りながらも、今は気がつかないふりをして。
「任せておけ」
短く言って、ガウェインはその手をとった。
fin.