構築者
呆れて絶句するガウェインに、ネツァワルピリはしかしと補足する。
「例外はあるのだ」
「…つまり、ほかの島で生まれた者が翼の一族になる場合があるということか?」
「左様。」
…なるほど。
その例外を、長老たちは俺に当てはめたいと考えている、と。
何かしらの条件はあるのだろう。特別な試験的なものを乗り越えたら、とか。鳥と会話できれば、とか。
後者なら辞退の申し出がしやすくて助かるのだが。
ガウェインがあれこれと考えていると、ネツァワルピリは正面から対峙するように向き直って、照れ臭そうにはにかんだ。
「嫁入りである」
「よ……、…なに?」
「嫁入り、である」
別段聞き取れなくて問い返したわけではなかったが、もはやそこを訂正するという考えすら浮かぶ余地はない。
要するに、長老たちはこの俺に翼の一族へ嫁がせたいということらしい。
…いや嫁がせたいってなんだ。婿ならまだしも。嫁にはならないだろう。男だぞ俺は。…男だよな?
ネツァワルピリは微動だにしないガウェインを、笑いをおさめた真摯な眼差しで見下ろした。
「おいそれと決められるものでもなかろう。返事は急がぬ」
…なんて?
「我としては、無論大賛成である。お主が我の嫁として来てくれるなら、必ずや幸せにしてみせると鷲王の名に賭けて誓おう」
え、何も疑問に思わないのか?
俺がおかしいのか?
あまりにも真剣な様子のネツァワルピリに、なんだか自分が間違っているような気がしてくる。
普段鋭い眼光は優しく愛おしげな温かい色を内包しており、視線だけで心から大切にされていると思い知らされる。
考えるまでもなくこれはプロポーズであり、不覚にも鼓動が高鳴っていく。
「おーい!ネツァー!ガウェインー!何してるんだよー!」
そこへ艇から出てきたらしいグランからの声がかかり、ガウェインは我に返った。そうだ、今は迎えに来てくれた彼らを待たせている状況だ。
ネツァワルピリは「考えておいてほしい」と短く言い置いて、グランのほうを振り向いたときにはいつもの闊達な彼に戻っていた。
「すまぬすまぬ!小型艇の相談をしていてな!」
大股で歩いていく男のあとを追うが、ガウェインの頭の中は未だ整理がついていない。
勢いで言っていたような印象もあったが……本気なのだろうか。
こういうことで冗談を言うような奴ではないことは知っている。知っているだけに戸惑ってしまう。
嫁だぞ?妻になるということだぞ?……俺が。俺という男の一個体が。
…何度考えてもおかしいだろう。しかしその地によって風習は異なる。翼の一族では男が男を娶ることは普通なのかもしれない。
その後グランたちと合流し、ネツァワルピリが小型艇を返却するために一度アルスター島に立ち寄ってほしいと話をつけている間も、会話はまったく耳に入ってくることはなかった。
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食堂でぼんやりと一人昼食をとっていると、不意に頭上に影が落ちた。
「相席をしても、構わぬかな?」
顔を見ずとも声でわかる。
ガウェインは内心ぎくりとしつつも、平然を装って「好きにしろ」と短く返した。
斜向かいの椅子を引いてネツァワルピリが腰を下ろしたが、手には何も持っていない。
「…何か食わないのか?」
「今注文をしてきたところでな。お主と同じものだ」
そう言って、こちらが箸で持ち上げたラーメンに視線を向けてくる。
今は昼時であるだけに、食堂はかなり混み合っている。注文をしてもすぐにはこないかもしれない。
「…すまなかったな」
「ん…?」
不意に、いつもの堂々とした姿勢とは裏腹に小さな声で、しかしはっきりとした口調でネツァワルピリが謝罪してきた。
すすり途中の麺を口からぶら下げたまま、思わず顔を上げて訊き返す。
「ガウェイン殿を困らせたいわけではなかったのだ…。長老たちに背を押された気になって、押し殺していた想いを抑えることができなかった」
「……」
「黙すという選択肢もあったはず。我もまだまだ未熟であるな…」
少し寂しげに目を伏せている様子が、しょんぼりしている大型犬のようで。
ガウェインは中途半端だったラーメンをすすり上げてから、気まずげに箸を丼に泳がせつつぽつりと訊ねた。
「……あの島では、同性婚は…よくあるのか?」
「いや、ない」
「…ない?」
「うむ。少なくとも我は聞いたことがない」
「……え、ないのか?」
「ないな」
「……、……待て。」
澱みなく返ってきた否定の言葉に、ガウェインは箸を置いて頭を抱えた。
「…前例がないのに、何故当然のように男を嫁に迎えるという発想が浮かぶんだ?それも頭の固いご老人の皆様だぞ?」