五十肩
佐和山城の一室。
朝日が昇る前に目が覚めた島左近は、起き上がろうとして異様に身体が重いことに気がついた。
視線を落とすと、筋肉質な長い腕が腹の上に思いきり乗っていた。ついでに無駄に長い足もこちらの下半身を征服せんばかりに乗っかっている。
腕と足の所有者をちらりと見遣ると、未だ隣ですやすやと幸せそうな顔で眠りこけていた。
別段起こしても構わないため、ぞんざいに相手の腕をどかして一糸纏わぬ己の身体を足の下から引っ張り出す。
行燈の火は消えており室内は薄暗いが、身支度を整える分には不自由はない。
昨夜まで着ていた着物はしわだらけになっている。行李から新しいものを取り出し、片腕を通した、そのとき。
「ッい…!?」
なんの前触れもなく、右肩に雷が落ちたかのような激痛が走った。
咄嗟に着物を取り落とし、左手で右肩を押さえて膝をつく。
…な、何が起きた?
捻った…にしては、痛みが強すぎる。
自身に起きた事態が理解できず、恐る恐る右腕を上げてみる。少し上げただけで、再び雷が落ちた。
「うぐぅ!」
「え…?……なに、島殿、呼んだ?」
堪らず蹲ると、寝ていた柳生宗矩が異変を察したのか目を覚ました。
寝ぼけ眼というか、目すら開けずに手をばしばしと布団に這わせて恐らくこちらを探している。しばらくそうしていたが、目当ての身体が探り当てられなかったからか、漸く重い瞼を押し上げて目を開けた。
「……え。何してんの」
「……」
頭だけを持ち上げて、部屋の片隅で丸くなっている素っ裸の左近を見つけるなり、引き気味の声音で訊ねてくる宗矩。
左近は、冗談ではなく動くことができなかった。
肩から激しい疼痛が突き抜けてくるようだ。
なんなんだこれは。刀傷や矢傷とはまた違った痛みだ。足を吊ったときのような、対処のしようがないあの痛みに似ている気がするが、その比ではない。泣きそうだ。
微動だにしないこちらを不審そうに観察しながら、宗矩が四つん這いで距離を詰めてくる。
「…ちょっと島殿。なに、どうしたの」
「……」
「腰やっちゃった?夕べは一回しかしてないけど、痛むのかい?」
「…柳生さん」
「うん」
こちらの様子がおかしいことに漸く気づき、宗矩は眠気から覚醒した。
左近は右肩を押さえたままのろのろと顔を上げ、心配そうな色を浮かべる細い垂れ目を見上げる。
「肩が…まずいです」
「肩?痛いの?」
「ええ。びっくりするぐらい」
額に冷や汗を浮かべて、眉間にはくっきり皺が刻まれている。
真剣そのものの左近に、宗矩はとりあえず肩から着物をかけてやってから訊ねた。
「夕べは?」
「えっと…さっきまでなんともなかったんですが、着替えようとしたら…ビキッと…」
「寝相が原因でもないのか…。捻っただけにしてはツラそうだねェ。座れるかい?」
どうにか身体を起こして正座をしてみると、疼痛は変わらずあるものの特に問題なく座位は保持できていた。どうやら右肩を上げるという動作が激痛を呼ぶらしい。
それを伝えると、宗矩は顎を扱いてから立ち上がった。当然彼も素っ裸だ。
「こういうのって冷やさないほうがいいのかなァ。あっためる?」
「…まず何か着てくれません?」
ちょうど目線の高さに揺れる逸物から、引き攣り笑いをもって顔を逸らすとああそうだったなどと嘯きつつ、宗矩が衣服を纏っていく。
これまで揃って全裸で真剣な顔をして座り込んでいたという状況に、じわじわと笑いが込み上げてくるが今はそれどころではない。下手に肩を揺らしてしまえば、きっとまた雷が落ちる。
「うーん、島殿も流石にその格好じゃあねェ…」
「……」
確かに。
こんなことになるなら褌くらいつけてから着物に腕を通せばよかった。いや、いつもなら先に褌だ。何故今日に限って後回しにしてしまったのか…
これぞまさに後悔先に立たず。あとの祭である。