狂愛
……。
何度そうしたかわからない。
気がつけば、布団も浴衣もぐちゃぐちゃになり、煉獄は気を失っていた。
正気に戻り惨状を目にして、さすがにやりすぎたと自覚した猗窩座から血の気が引いていくのに然程時間は要しなかった。
これは間違いなく殺される。まずい。いや殺し合いは願ったり叶ったりだが、杏寿郎は怒ると怖いのだ。
ことの最中、隙を見せれば絶対に殴り飛ばされるから杏寿郎の手を封印するために両腕ごと体幹を抱き込んでいたが、杏寿郎の上腕には内出血の痕が浮かんでいる。まずい。緊縛プレイを強いた変態になった気分だ。
決して起こしたくはなかったが、このまま放置というのは己の信条に反する。人を介抱するのは得意な方だ。まあ、無体を強いたのも自分自身なのだが。
宿の者に湯と手拭い、替えの浴衣と敷布を一人分頼んで受け取り、布団を張り替えて煉獄の着衣をすべて脱がせる。
起きるな起きるなと呪詛のように心の中で呟きつつ湯で手拭いを温めて身体を清めるが、一糸纏わぬ肉体美が眼福でしばらくいろんな角度から拝ませてもらった。
最も困難を極めたのは後腔にこれでもかと注ぎ込まれた俺の種子の処理だった。
指を入れて掻き出してやると、意識もないくせに煽ってくるような色っぽい声と吐息を漏らしてくるのだから勘弁してほしい。
視覚的にもかなり刺激的で、次々と流れ出てくる白い液体に、既に復活を果たしている己の息子がまた出番かと勘違いをして臨戦態勢をとろうとしていた。
「ん……ぁ、っはあ…」
「……」
ぴくぴくと震える内腿。
拭いても拭いても出てくる種子に、いっそいきり立った息子を挿れて掻き混ぜたほうが効率良く排出できるのではないかと思えてくる。
そう考えるとまたムラムラしてきて、緩みきったその後腔に息子の先端をぴとりと当ててみた。ひだが嬉しそうにひっついてくる様に、頭の血管が切れそうになる。
「……杏寿郎、起きているか」
念の為声をかけてみるが、閉じられた隻眼がこちらに向けられることはない。くたっとしたまま穏やかな呼吸を繰り返す様子は、明らかに意識がない状態を物語っていた。
眠っている相手を。それも情事に疲れ果てて気を失った相手を無理に襲うほど、最低な男に堕ちてはいけない。
猗窩座はぶちりと自身の唇に牙を突き立て、後ろ髪を引かれながら逸物を収めた。
その後も時間をかけて煉獄の身を綺麗にし、新しい浴衣を着せて
布団の上に横たわらせ、掛け布団をかけてやると安心しきった表情で寝息を立てはじめた。
ちらりと外に視線を投げてみると、ほんのりと東の稜線が赤みを帯びてきていて。
よれよれになってしまった浴衣を脱ぎ落とし、いつもの服装に袖を通すとそっと煉獄の枕元にしゃがみ込み、重ねるだけの口付けを落とした。
「…先に行くぞ、杏寿郎」
返ってくる言葉はない。すっかり乾いた金の髪をさらりと撫で、猗窩座は腰を上げた。
礼と謝罪は、また会ったときにしよう。何か喜びそうな手土産を持っていけば、怒られずに済むだろうか。
そんなことを考えながら、部屋の窓枠に足をかけた。
+++
「ほう。これは可愛らしいな」
目抜通りに面した雑貨屋の前を通りがかった煉獄杏寿郎は、目に留まった人形を徐に摘み上げた。
ちりめんで仕立てられた、ほんの親指程度の大きさの赤い人形。頭には紐がついていて、どこにでも括り付けられるようになっているようだ。
どことなく、よく顔を見せにくる桃色頭の鬼に似ているように思えて、煉獄は相好を崩した。
「店主!これをひとつ貰おう!」
「あいよー。さるぼぼひとつね」
「さるぼぼ!」
代金を支払い、購入した人形を目線の高さまで持ち上げてみる。紐の付け根に金色の小さな鈴がついていて、ちりんと小気味よく鳴った。
昨夜は途中から記憶がないが、目が覚めたときには彼はもういなかった。朝になる前に退散したのだろう。きっちりと布団も己も綺麗になっていて、汚れた敷物や浴衣まで部屋の入り口付近に畳んで置かれていた。
理性を飛ばしてしまった彼なりの、精一杯の誠意だったのだろう。
さすがに全身に激痛が残っているし、両腕には痣までできていた。腰は立てばかくかくと笑ってしまって、問題なく動けるようになったのは昼過ぎである。
壊していいと言ったのは自分だが、気絶するほど彼の衝動が強いとは予想外だった。気力で負けるつもりはなかったのだが、鬼の無限の体力を侮っていた。
今度会ったら小言のひとつふたつ、ぶつけてもいいかもしれない。
「兄さん、赤ん坊でも産まれるのかい?」
不意に店主からにこやかに訊ねられ、煉獄は小首を傾げた。
「それは、どういう意味だ?」
「あれ、違ったかい。さるぼぼは子供の成長とか、安産祈願に買う人が多いんだよ」
「む。そうなのか!知り合いに似ていたので、つい手に取ってしまったが、成人男性に贈っても失礼にはならないだろうか」
赤ん坊のような可愛らしい面立ちをした桃色頭を脳裏に描きながら訊ねると、店主は気前よく頷いてくれた。
「厄除けや良縁って意味も込められてるからね、大丈夫さ」
「なるほど!」
厄除け…鬼そのものが人にとっては厄のようなものかもしれないが、まさか浄化されて消滅したりしないだろうな。
冗談とも本気ともつかないことを考えていると、店主はにんまりと含み笑いをして「何より、」と続ける。
「こんなかっこいい兄さんに貰ったら、意味なんて二の次で嬉しいだろうよ」
「そうか!ありがとう!」
笑顔で世辞を受け流し、会釈をして雑貨屋をあとにした。
名物の牛肉も食べたことだし、土産もできた。
歩きながらもう一度人形を目線の高さに持ち上げ、揺らして鈴を鳴らしてみる。
「さて。帰ろうか」
小声で人形に話しかけ、ひとり小さく笑った。
fin.