横恋慕2
あれだけこちらを嫌っている猗窩座殿が、俺に贈り物。感動だ。
それもその辺の雑草などではない、希少と思しき鉱石だ。
こういうときは喜ぶべきだ、と感情を知らない頭が常識を教えてくれるが、それだけでは足りないような気がする。
嬉しいだけではなく……そうだ、驚けばいいのか。
「わあ!ありがとう猗窩座殿!」
「これで貸し借りはなしだ」
童磨の反応をばっさり斬り捨てて、猗窩座は腰を上げる。そのまま退室しようと廊下に足を向ける相手に、童磨は慌てて声をかけた。
「ああ、猗窩座殿、待っておくれ。ひとつ確認しても良いだろうか」
「断る」
「まあそう言いなさんな。俺があげたイヤーカフは、まだ持っているのかい?」
「……」
猗窩座の指先が、僅かに反応した。
しかしぴくりと動いただけでそれ以上は何もなく「とっくに捨てた」と冷たく言い放たれてしまう。
彼の不器用な背を見つめ、童磨は小さく笑った。
まったく、嘘が下手な御仁だ。
「…あまり、気を持たせるようなことをするものじゃあないぜ」
「意味がわからん」
「ふうむ。こういったことは言葉にしないほうが趣があると思うのだが、伝わらなければ意味がないとも言えようか。」
興味がないと全身で訴え歩みを止めない猗窩座に、逡巡して童磨は口をひらいた。
「好きだよ、猗窩座殿」
「……。」
ぴたりと、猗窩座の足が止まる。
振り向いてくれることはなかったが、なんとなくどんな顔をしているか想像がついた。きっと嫌悪感を露わにしていることだろう。
「恋愛感情については分からないが、俺は間違いなく猗窩座殿のことが好きだ。どこにも行かず、俺の隣にいておくれ」
穏やかな笑みを浮かべて、優しい声音で言葉を投げる。
先程の発言でもわかるように、猗窩座殿が炎柱に入れ込んでいるのは知っている。しかし人間である以上、すぐに死ぬ。そうすれば俺と違って感情の起伏が激しい猗窩座殿は傷つくだろう。悲しむのだろう。それは可哀想だ。そんな彼は見たくない。
だったら初めから、俺を選べばいい。
そばに置きたい。悲しませたくない。これは相手を好いていることで生じる想いだ。つまり、俺は猗窩座殿のことが好きなのだ。
わからないなりに分析をして、恐らく本音である部分を口にしてみたが、猗窩座は正面を向いたまま低い声で呪詛のように呟いた。
「…猿芝居も大概にしろ。冗談でも虫唾が走る」
「俺は本気だぜ?」
首を傾げて言うと、猗窩座を中心として殺気が爆発的に広がり空気の密度が増す。重苦しいまでの圧力に、肌が痺れるようだ。
何故怒らせてしまったのかわからないが、こういうデリケートな問題は積み重ねが大切だということは知っている。彼はきっと驚いただけだ。もしかしたら照れ隠しというやつかもしれない。
「猗窩座殿が受け入れてくれるまで、何度でも言うつもりだよ。俺は気が長いほうだからな、ゆっくり……」
「黙れ。もう俺に関わるな」
こちらの言葉を遮って、小柄な背中は襖を引いて廊下へと消えていってしまった。
「あっ、贈り物ありがとう!猗窩座殿!大事にするよー!」
既に気配はなかったが、届いたところで受け止めてもらえないであろう礼を述べておく。
てっきりまた寺院を壊されてしまうかと思ったが、以前と違い彼は激情を御することができるようになったらしい。…もしくは、また貸しを作ることになってしまうからこの場では無体を働かなかっただけか。
猗窩座殿は、弱い者には興味がない。
無惨様の血を完全に我がものとして吸収することに成功した彼は、かなり力をつけている。
近いうちに入れ替わりの血戦を申し込まれる可能性は高い。そのときに万が一俺が負けたら、今以上に無関心な態度となるのは必至だ。
…それは面白くない。
別に俺は強くなりたいわけでも、弐という数字にこだわりがあるわけでもない。ここまでのし上がってこられたのは、単純に救済を重ねてきた結果だ。
数字を落とすことに抵抗はない。しかし彼と距離ができてしまうのは、なんとなく嫌だった。
「…やれやれ。俺もそれなりに力をつけなければな」
独りごちて、童磨はぐっと腕を天井に向けて伸展させて身体を上へと伸ばす。
それにしても、あの猗窩座殿を骨抜きにしているのはどんな子なのだろう。炎柱といえば代々男が継いでいる為、これまで気にしたことがなかったが少し興味を引いた。
嫌そうな顔しか俺には見せない猗窩座殿が、その柱の子にはどんな顔で、どんな声で、どんな話し方をするのだろうか。
いつの間にか、頭の中は猗窩座殿でいっぱいになっていて。
「…ああ、これが恋というやつか。悪くないものだね」
石に括られた紐を指先に引っ掛けて、行燈に翳すようにして揺らす。
童磨は口角を上げ、虹色に輝くそれに目を細めた。
fin.