狭い世界の連中に世間の常識を
ハチベエの背中に桜子が抱き着いて来る。愛する人の身体の感触に少年の顔は赤くなっている。
「て、天幕!?」
「知っているから!あんたが何かが遭ったら自分の好きな人を命懸けで護る事が出来る男だって知っているから!!今更証明なんてしなくていいのよ......!」
「......うん」
ハチベエと仲間達の姿を鎖島光正は呆然とした様子で眺めていた......ハチベエ同様に何が起こっているのかが理解していなかった。そんな彼に1人の男子生徒が話しかけて来た。ハチベエと同い年だと思うが...年齢と経験を重ねた男の雰囲気を醸し出している。
「解ったか?あれが前田ハチベエと“卑怯者の糞教師(あんた)”の違いだよ」
「君は......確か...諌山賢だったか?」
「ああそうだよ......見ていて解ったか?あれが前田ハチベエだよ...あんたが勝手に“人間の屑(どうるい)”だと思い込んでサンドバッグにしていた奴の正当な評価なんだ」
「......何をした?君が何かしたのか?」
「世間の皆に聞いただけだよ......あんたは傍目から見たらどんな人間か?っていうのをさ?」
「......」
「どんな気分だ?自分を責めながら生きて来た?あんたは結局、楽な方に逃げていただけなんだよ!」
「......そうだな」
「自分自身を赦せない...だけど...自分でケジメを取る事は怖くて出来ない!自分を裁く事も怖くて出来ない!償いたくても償う事は怖くて出来ない!!」
「......」
「なら......皆に裁いて貰えよ」
“二度と立ち上がれなくなるかも知れないけどな?”と諌山はスマホを操作しながら付け加える。鎖島は桜子に抱きしめられているハチベエを見ながら理解した......彼が“立場なんかよりも彼女を抱き締める事を選ぶ事が出来た自分”なのだと...そして、自分が全てをフェチのせいに過去から逃げて来た卑怯者に過ぎない事を痛感していた......これから、過去のツケが何倍にもなって返って来る事も
『●×月●●日......坂下門学園高等部で男性教師による男子生徒への暴行事件がありました。鎖島光正(35)被告は個人的な感情から件の男子生徒に嫌がらせを行っており、反論した生徒に対して逆上にして暴行を加えたとの事です。事件の詳細は件の男子生徒の友人がSNSに投稿しており、それによると...加害者である男性教師は過去に教え子である女子生徒と交際しており、関係が露見しようとなって別れを切り出した事で相手を自殺に追い遣ってしまった事です。それ以来、男性教師は自分と似た趣味嗜好を持った人間を敵視する様になり、件の男子生徒を標的とする様になった...という話です』
『何ですか......それは?つまり...その男性教師は元恋人を自殺に追い遣った事を自分の趣味嗜好に責任転嫁をしていた...という事ですか?例えると...眼鏡を掛けた女性が好きだった男が...同じ好みを持った相手を嫌う様になったという事ですか?』
『だとしたら...呆れた話ですね』
『正直......私には理解出来ませんね』
『何にせよ......そのような過去がある時点で彼には教壇に立つ資格が無いのは確かですね』
こうして...狭い世界の仲間意識で救われる筈だった男は......それを良しとしない世間の常識によって裁かれたのであった。
作品名:狭い世界の連中に世間の常識を 作家名:ブロンズ・ハーミット