褒美
巾着袋を軽く持ち上げてみせながら、猗窩座はひとり合点した。
何故黒死牟が唐突に手合わせを申し出てきたのか。恐らく、童磨曰く祝いの品であるところの眼球を受け取ってもらえないと判断したためだ。
代わりになるようなものを模索する中で、手合わせという答えに行きついたといったところか。
しかし上弦の壱との手合わせなどまたとない機会である。それはそれでなかったことにされては困るので、黒死牟に一歩歩み寄り、上背のある相手に挑発するよう笑って睨み上げた。
「で。手合わせもしてくれるのだろう?」
「…仕様のない奴だ」
表情の変化が乏しい黒死牟が、また小さく笑った。
物珍しさにまじまじと見入っていると、対峙している両者の間に童磨が身体を捩じ込んで割って入ってくる。
不貞腐れたように唇を尖らせる様はまさに童だ。
「黒死牟殿ばかりずるいではないかー。俺も猗窩座殿に上目遣いで手合わせをおねだりされてみたい。混ぜておくれ」
「…琵琶女。俺と壱をどこかに飛ばせ。もしくはこいつを次元の彼方へ飛ばせ」
苛立ちを露わに、どこかしらで様子を見ているであろう空間の創造主に言い放つ。
が、返ってきたのは信じ難いものだった。
「無惨様は、御三方で睦めと仰せです」
「何…?」
「あとはよしなに」
そう言い置いて弦を弾き、鳴女の気配が消えた。
「あっ、おい…!」
こんな面倒な絡まれ方をされている中取り残されても…
絶望の淵に立たされた気分の猗窩座は、恐る恐る童磨に視線を向ける。
喜色満面といった様子の上弦の弐から助けを求めるように黒死牟を見上げるが、こちらはこちらで虚無の表情である上弦の壱。考えが読めない上に当てにならなかった。
「さあさあ猗窩座殿、まずは俺におねだりをしてみよう!『手合わせしてくれ、童磨』だぜ?さんはいっ」
「…お前は頼むから死んでくれ」
「うわあ!それもいいね!だが、それでは睦めまい?無惨様の命令なのだからしっかり励まねばなぁ」
「三人で…するか…」
「…もういい、頭が痛くなってきた。このままお前ら二人、殺してやる」
それから、上弦の中でも抜きん出た実力を誇る三名によって、無限城は広範囲に渡り破壊されることになる。
この日、名目上は猗窩座の祝いとして召集された三名だったが、実際の本質は異なる。
鬼の支配から抜けた上に、特定の柱に対して特別な感情を抱く猗窩座は、多量に与えられた始祖の血にも順応してその力を増した。
真面目で従順な手駒である上弦の参が、このまま鬼狩りと親密になり敵対する可能性を憂慮してのことだった。
無惨からしてみれば、戦力は己一人いれば十分である。同胞はあくまでも便利な使い捨ての手足として増やしただけ。
しかし気に入りの鬼を、殺されるのではなく手懐けられてしまうのは面白くなかった。
あれは私のものだ。
そんな主張を込めつつ、黒死牟と童磨にも猗窩座を繋ぎ止める役割を与えたつもりだったが、揃いも揃って猗窩座のことを気に入っているときた。
童磨の猗窩座に対する態度は以前から好意的なものでわかりやすかったが、まさか黒死牟の笑った顔を拝むことになろうとは。
手合わせどころか本気で殺し合っていた三名が崩壊させた無限城の区画を修繕する鳴女の横で、無惨は腕を組んで満更でもない様子で呟いた。
「たまには奴らを集めて、結束を高めるのも良いかもしれん」
恐らく何の気なしに口にしたと思われる童磨の、三人揃えば無敵
といった趣旨の発言が妙に小気味良く響いていた。自分が長く目をかけてきた者同士が楽しそうに会話をするというのもなかなかどうして悪くない。
これまでは不要でくだらない応酬だと歯牙にもかけなかったが、うまくすれば邪魔な鬼殺隊を根絶やしにすることができるかもしれない。
自らの考えに妙案だとうんうん頷き、無惨は次々と組み上がっていく複雑な構造の無限城を眼下に見ながら、それにしてもと顎に指を引っ掛けた。
童磨の術によって広範囲に凍結し、黒死牟の斬撃を受けて鋭利な断面となり、猗窩座の打撃で荒々しく粉砕された建造物の成れの果て。
「…あいつら、仲良いな」
「……」
そうでしょうか、と喉まで出かかった台詞を飲み込んで、鳴女は己の役割に集中する。
無惨様の中ではきっと、破壊の程度がそのまま仲良し度に当てはめられるということなのだ。
きっと四人で行くことになるのであろう能の鑑賞が、一体どんなものになるのかという悍ましさに、鳴女は沈黙の中思考を巡らせるのだった。
fin.