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甲斐性と雨宿りしたら

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まさか先程達した際、種子と一緒に術に侵された何がしかを吐き出したのだろうか。匂いが違ったとの証言もあることだし、有り得なくはない。


「うむ…、そのようだ。身体に力が入る」

手のひらを握ってからひらいてみて、煉獄は相好を崩した。

「世話をかけたな。色々と言いたいことはあるが、君のおかげで術から脱することができた。朝まであのままかと冷や冷やしたぞ!」

「俺は助平な杏寿郎は大歓迎だがな。一度達した程度で解けてしまうとは軟弱極まりない血鬼術だ。だがまあ、どんな鬼だったか知らんが、なかなか良い仕事をした」


消滅する直前に術について口にしていた鬼を思い起こす。猗窩座が降ってこなければ、もう少し情報が引き出せていた可能性もあるが、過ぎたことを考えても仕方ない。

身体を起こして立ち上がってみる。
すっかりいつもの感覚を取り戻しているようだった。
同時に屋根をけたたましく叩いていた雨音も静かになっていることに気がつき、開戸から外を見遣ると小降りであることが確認できた。雷はこちらにくることなく離れていったようだ。


「これなら出られそうだ。もうじき朝になる、急ごう」


猗窩座が鍬にかけておいてくれた衣類を手に取って袖を通す。温度が高くても湿度が相当高いため、当然だが乾いてはいない。じめじめしたままのシャツは冷たくて軽く身震いした。

そんなこちらを座ったまま眺めていた猗窩座が、どことなく不満げに唇を尖らせる。


「…杏寿郎、続きはしないのか?」


笑ったり拗ねたり、感情が豊かな鬼だ。
煉獄は小さく笑い、シャツのボタンをかける手を一度止めて猗窩座に歩み寄り、桃色の短い髪に指先を埋めて身を屈めた。
藍色の刺青が施された額に、軽く押し当てるだけの口付けを落とす。


「日が昇れば身動きが取れなくなるだろう」

「…ここにいればいい」

「あばら屋だ。陽光が隙間から射さないとも限らない。」

加えて、最悪人が来るということも有り得る。
不貞腐れている猗窩座の耳元に唇を移動させ、低く囁いた。

「物足りないのは君だけではない。…今夜、また待っている」

「……」


身体を離そうとしたところで、固まっていた猗窩座の腕が前触れなく閃いて首と背部にまわされたかと思うと、強く引き寄せられた。
咄嗟に片足を前に出して踏み留まり、体勢を崩す事態は免れたがシャツがひらいた胸元には猗窩座の鼻先が埋まっていて。

すぅー…と、深く息を吸い上げるような音を聴覚が拾い、視線を落とす。


「……」


吸っている。
なんの匂いがするか知らないが、良い匂いではないと思う。
なんといっても男の汗と、乳首には散々彼の先走りを塗り込まれていたはずなのだから…

しかし桃色の頭はなかなか顎の下から退こうとしない。
というかまだ吸い続けている。一度も吐いていない。とんでもない肺活量だ。


「……」

「……」

「……」

「……」


え、これ大丈夫なのか?
未だに息を止める段階までいっていない。吸っている。
呼吸を極めている柱たるもの、肺活量に関してはある程度自負するところではあるが、これは少し長すぎる気がする。
まあ鬼なのだから息をしなくても死にはしないのだろう。しかし苦しくないはずはないと思う。

…まさか、生きているよな?

猗窩座の背筋が少しずつ膨れ上がっていることを確認しても、心配が先に立ってしまう。


「お、おい…、大丈夫か…?」

「…ん」


胸元の後頭部をぽんぽんと叩いて呼びかけると、全身の空気を全て追い出すかのように「はぁー…」と息を吐く猗窩座。背中が急激に小さくなっていく。
その後は何事もなかったかのようにぱっと顔を上げて、満足そうに目を細めていた。


「杏寿郎の匂いだ……以前恋柱が言っていたのはこういうことだな。なるほど、確かに食ってしまいたい衝動が幾分か緩和される。空気で腹を満たすという認識でいいのか?」

「そういえば、そんな話もしていたな」


相手が無事だったことに内心安堵しつつ、呆れ半分に苦笑する。
ボタンをかけ直して改めて服を着た頃には、猗窩座も身支度を済ませていた。

小屋の中をひと通りもとに戻し、外に出る。
雨は止んでいて、東の空が白んできていた。


「杏寿郎、もうおかしな血鬼術など食らうなよ」

「うむ、気をつけよう。今回は助かった。ありがとう」


猗窩座がいなければ自分はまだ苦しんでいたのだろうか。
検証のしようはないが、十分に注意しなければ。

煉獄は、討伐した鬼の血鬼術が実は相当弱いものであって、本来は若干の興奮により攻撃的になったり、状況判断が鈍る程度の効果しかもたないものだったということは終ぞ知る由もなかった。
人によっては稀に劣情を煽ることもある、という確率の低い性能に対し、相性により効果覿面だった煉獄は後日、極めて恐ろしい血鬼術だったと同僚たちに語ることとなる。


「服もまだ濡れている。風邪など引かんよう暖かくしておけ」

「君は心配ばかりだな」

「人間は弱い。お前に何かあったら俺は耐えられない」

「心に留めておこう。もう行ったほうが良い。夜が明けるぞ」


煉獄が眉を下げて苦々しく微笑すると、猗窩座はようやく背を向けて「またな」と一言残し、藪の中へと消えていった。

心配性というか世話焼きというか…
甲斐性の塊のような鬼を見送り、これで本当に風邪でも引いたらどやされるどころか怒られそうだと思い、煉獄は鎹鴉を呼んだ。
ここから一番近い藤の花の家紋の家へと案内してもらいながら、自分の匂いというものが気になって悶々とする。


「……」


まずは風呂を借りよう、とひとり胸中で呟いた。


fin.
作品名:甲斐性と雨宿りしたら 作家名:緋鴉