炎柱を知る(不死川編)
(煉獄視点)
鎹鴉を経由して、煉獄のもとに一通の手紙が届いたのは二日前のこと。
差出人は同じ鬼殺隊の柱である胡蝶しのぶだった。
『上弦の参のその後の体調は如何でしょうか。鬼舞辻の血を更に取り込んだと伺いました。落ち着いているようでしたら、一度蝶屋敷にお連れして頂きたく存じます』
そう認められた手紙に、近日中に顔を出す旨を返事していた。
猗窩座がこちらに足を運ぶのは、頻度としては週に一度程度だが特に予定を合わせることはない。
文字通りの神出鬼没で、なんなら任務先にまでひょっこり現れたりする。かと思えばひと月くらいぱったり姿を見せないこともしばしば。
「ああ、他ならぬ杏寿郎の頼みだ。行ってやろう」
「そうか、ありがとう!」
近日中に、と言っておきながら何日も待たせてしまっては胡蝶にどやされてしまう。
偶然ではあるが、早くに会えて良かったと煉獄は安堵した。
夜もとっぷりと更けた時分だが、走れば蝶屋敷もそれほど遠くはない。日付が変わって少し回った頃には目的地に到着し、門をくぐった。
そこで、斜め後ろをついてきていた猗窩座がぴくりと顔を上げたのがわかり、煉獄は彼を振り返る。
暗闇でも煌々と輝きを放つ金色の双眸を、建物の中のほうへと向けて一度瞬きをしたかと思うと、口角を上げて不敵に笑んだ。
「…ここには何度か来たが、強者に会えたのは初めてだな」
瞬く間に生き生きとした表情を見せる上弦の参に、煉獄は逡巡する。
数えるほどではあるが、胡蝶には既に会っているため彼女のことではないだろう。他にも柱が来ている可能性は十分にある。
猗窩座が強者と認める実力を持つ者なら、逆に鬼の気配を感知して突然斬りかかってくるということも有り得る…
と。煉獄がそこまで考えたとき。
「!」
空気がぴりっと張り詰め、屋敷内で殺気が猛然と膨れ上がった。
咄嗟に後方に飛びすさり門から広い通りに出ると、猗窩座も同様に通りの方まで跳躍していた。
「手を出すなよ、杏寿郎」
落ち着き払った調子で猗窩座が煉獄に言い放った直後、殺気の塊が突貫の如く猗窩座目がけて突進してくる。
風とともに生じたかまいたちが、周囲のあらゆるものを切り刻んだ。
衝撃波を伴った斬撃を猗窩座は虚空を穿って相殺し、眼前に迫った刀身をぞんざいに指先で捉える。そのまま刃先を下に向けるように強引に旋回させ、腕を捻ることで柄から手を離させようとするが、横合いから鋭い蹴りが飛んできて猗窩座はそれを膝で受け止める。片足では勢いを受け止めきれず、小柄な体躯が横ざまに吹っ飛んでいった。
一連の攻防を見守っていた煉獄は、飛ばされた猗窩座を追随することなく動向を注視するように、その場で態勢を立てなおす青年に声をかける。
「不死川、久しいな!」
「おう、元気だったかァ?」
口元に凶悪ともとれる微笑を浮かべる不死川実弥。視線は相変わらず猗窩座が飛んでいった方向に向けられているが、その手は空っぽだった。日輪刀は猗窩座に掴まれたまま。あのまま不死川が握り続けていれば、刀身は折れていたかもしれない。
煉獄も彼の鋭い視線の先に隻眼を向け、沈み込んだ闇の中に意識を向ける。
「しっかしまた…とんでもねぇのを連れてきたなァ、お前」
「以前話した上弦の参だ。胡蝶にここに来るよう手紙をもらってな」
「…あれが上弦ね。確かに、これまでの鬼とは比べものにならねぇくらいしぶとそうだ」
「来るぞ」
「ああ」
暗闇から一瞬月の光を受けて何かが煌めいた瞬間、不死川の日輪刀がまっすぐ持ち主のもとに投擲されてきた。半身をひらくことで不死川がその軌道から避けると、後方の蝶屋敷の塀に深く突き刺さる。
そこには目もくれず、低い姿勢でひと息に距離を詰めてきた猗窩座の拳を回避することに専念していた。
この判断は、正しい。
猗窩座の打撃は掠めるだけでも裂傷を誘う。皮膚にとどまらず毛細血管程度なら破裂するだろう。
きっと不死川は、感覚で理解したのだ。僅かでも気を散らせば、ただでは済まないということを。
何発か立て続けに放たれる拳や脚から身をかわした不死川に、猗窩座はにっと笑って一足飛びに後退し、戦意がないことを表すかのように両手を肩の高さに上げてみせた。
「良い足捌きだ。お前はなんの柱だ?」
「黙れ。鬼とお喋りする気はねェ」
取りつく島もなく言い捨てられるが、意に介した様子もなく猗窩座は言葉を続ける。
「見たことのある技だったな。…風か?しかし以前やり合った風の柱よりも断然キレがある」
楽しそうに語る猗窩座から目を離さない不死川に、煉獄が塀から引き抜いた日輪刀を手渡すと今にも斬りかからんばかりの気迫で構えなおす。
「おい煉獄、今はもう人間は食ってねぇって話、あれ本当か?」
「うむ。俺が保証する」
「…食ってねぇのに…こんなにやべぇのか」
手数が多い戦闘スタイルの不死川がここまで警戒するのも無理はない。
上弦の参を冠してはいるが、実際のところ猗窩座の力はその枠には収まらない域に達している。力をひけらかすことのない彼本人が、上弦の弐をも上回ると口にしていたのだから妥当な評価なのだろう。
「今の彼は人に害を成す存在ではない。不死川、ここは抑えてくれ」
「ちっ…竈門の妹に続いてこいつもかよ。だがまぁ、お館様もお認めになっていることだしな」
忌々しそうに舌打ちをする不死川だが、その本心を煉獄は察していた。
手に負えるような相手ではないのだ。これは戦場に身を投じてきた者ならば直感でわかる。
彼と戦うことは、肉体を破壊される覚悟をすることと同義だ。もちろんあらゆる戦闘において負傷は付きものであって、常に五体満足で帰還できるなど誰も思っていない。
しかしそういうことではなくて、不用意に対峙して良い存在ではないのだ。守るべきものが後ろにないのなら、戦わずに済む選択肢を迷わずとるべきだ。
先程、猗窩座は振り下ろされる不死川の太刀を指先で受け止めていた。それが今の猗窩座と柱の、力量の差だ。真っ向からの勝負は、正しく無駄死にとなる。
納刀する不死川に視線だけで感謝を伝える。
鬼に対して並々ならぬ怨嗟の念をもつ不死川という男にとって、これは屈辱以外の何ものでもないはずだ。
作品名:炎柱を知る(不死川編) 作家名:緋鴉