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炎柱を知る(不死川編)

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次々と満たされていく注射器。採血は最後の五本目に入っていた。


「…猗窩座さん、ひとつ、訊いても良いですか?」


目的の量の血液を採取し終えた胡蝶は、平たい容器の上にそっと注射器を置くと、神妙な面持ちで大腿の上に置いた両手の指を組んだ。


「…なんだ」

「もしも、鬼を人間に戻す薬というものが出来たとして…、あなたはそれを、試したいと思いますか?」

「……、」


室内がしん、と水を打ったように静まり返る。
いや、夜中なのだからずっと静寂ではあった。しかし、一気に空気が真空になったような、呼吸すら止まるような空白が横たわる感覚。

猗窩座は、無表情だった。
視線は胡蝶の腹のあたりに向けられているようだが、その瞳には何も映していないように見える。


「私たちは今、そういう薬をつくろうとしています。今回、より強力となった猗窩座さんの血を頂けたことで、更にその研究は進むでしょう」


沈黙する猗窩座を見つめながら、胡蝶は言葉を続ける。


「鬼でありながら人を食らわず、人間と共に在ることを選択しているあなたは、」

「……」

「人に戻りたいと、思いますか?」


お喋りが好きで感情表現が豊かな彼が、まるで時間の流れに置いて行かれたかのように微動だにしなくなる様に、多少の不安が募る。

感情が抜け落ちたような状態に陥った猗窩座を見たのは、鬼舞辻の血を注がれた一件を除けばもう随分前のことだ。人間の頃の記憶を取り戻す前の話。

竈門少年の妹について初めて訊ねられたとき、何故鬼の支配から外れているのかと口にした彼は、やはり無感動だったように思う。
それから鬼でなければ己のことも誇ったか、と捉えようによっては鬼になったことを後悔しているかのような口振りで続ける相手に、俺はそのままの問いを投げかけた。
あのときの答えは否ではあったが…


「…胡蝶、そろそろ」

「……そうですね。不躾な質問をしてしまいました。すみません。」

煉獄が猗窩座の後ろから声をかけると、胡蝶もとりなすようにふわりと笑って立ち上がった。

「泊まっていかれますか?」

「いや、夜明け前には帰れるだろう。心遣い感謝する」

「わかりました。では、お気をつけて。ご足労頂き、ありがとうございました」


胡蝶は軽く頭を下げ、注射器の容器を手に診察室を出て行った。

華奢な背中を見送って、煉獄は小さく息を吐くと猗窩座の顔を勢いよくがばりと横から覗き込んだ。


「きみ、大丈夫か?」

「!」

唐突に間近に迫ったこちらに驚いたのか、猗窩座は肩を大きく跳ねさせて瞠目する。

「お、脅かすな杏寿郎…!」

「はっはっは!ぼんやりしているからだ、行こう」


漸く表情らしい表情が戻った彼の背を叩く。先行して煉獄が部屋から出ていくと、猗窩座もすぐあとをついてきた。

蝶屋敷をあとにして帰路につきながら、猗窩座は思い出したように口をひらいた。


「そうだ杏寿郎、あのキレ柱、本当に風の柱だったのか?」

「うむ、不死川は風柱だ」


断言するが、腑に落ちないといった様子で首を捻る猗窩座。


「見たことのある技だと思ったが、記憶のものとは随分異なっていた。同じ呼吸の型でも使い手によって技は変わるのか?」

「型は同一だ。技が異なれば、それは最早別の型だろう」

「…道理だな」

「しかし、呼吸の精度による差は大きい。俺は君が知る風柱を知らないが、不死川は風の呼吸を一段階押し上げた男だ。より殺傷能力に特化した呼吸となっている。型自体が違うと錯覚することもあるだろう」


煉獄の話に、猗窩座が好戦的に眉を歪め犬歯を覗かせて笑う。
右手で拳をつくると、胸の前で左の手のひらに打ちつけてた。


「それは楽しめそうだ。是非手合わせしてみたい」

「あまり油断すると、頸を落とされるぞ」

「臨むところだ。武人たるもの油断などするか」


…普段通りに見える。
蝶屋敷でのことは、こちらから触れるべきではないだろう。


鬼という生物は未知数だ。
何がきっかけで、どのような変貌を遂げるのか誰にもわからない。


『万一のときは、ちゃんと言えよ』


…応とも、不死川。

別れ際に不死川からかけられた言葉を脳裏に反芻し、胸中で力強く返す。
そして、そうならないようにするために、俺はいる。

鬼になった彼の、それ以前のことを詳しくは知らない。
しかし一度は死を選んだこの男を引き留めたのは俺自身だ。
心の均衡を崩して、危うい橋を渡らせてはならない。


「…猗窩座」

「ん?」

「変わったことがあれば、なんでも俺に言え」

「なんだ、藪から棒に。」

きょとんとした瞳がこちらに向けられるが、すぐに猗窩座は目を細めて頷く。

「まあ、杏寿郎が言うならそうしよう。だがそれは俺の台詞だな」

「どういうことだ?」

「俺の与り知らぬところでお前に何かあったら、俺は俺を許せない。お前こそ、なんでも言ってこい」


臆面なくぶつけられるまっすぐな想いに、思わず煉獄は口を噤む。

そうだ…。
守ると、彼は言ってくれたのだ。
柱であり、強き者としての責務を身命に負っているこの俺を。

考えていることは同じだったらしい。
煉獄は眉尻を下げて穏やかに笑った。


「…肝に銘じよう」


夜道をふたり、並んで歩く。
同じ歩幅で、これからも。


fin.
作品名:炎柱を知る(不死川編) 作家名:緋鴉