炎柱を知る(不死川編)
言葉に詰まるこちらの横で、上弦の参が顔を顰めた。
「しのぶの言うとおりだぞ、キレ柱」
「あぁ?」
便乗して囃し立てようとしているのかと思い睨みを効かせるが、どういうわけかその顔は真剣そのものだ。
「お前の身体を見る限り、だいぶ無理な戦い方をしているようだ。しかもその古傷の位置……お前、自分で自分を斬るのか?」
「うるせェ。テメェにゃ関係ねえだろうが」
「鬼を斬る刃で自身を傷つけるな。ともすればそこから血が入り込むぞ。化膿どころでは済むまい」
「はっ。大きなお世話だ」
鬼などに人の身体のことをとやかく言われる筋合いはない。
唾棄するように顔を背けるこちらに、上弦の参は根気強く話しかけてくる。
「お前はそれで良いかもしれんが、お前を心配する者のことを考えろ。少なくともしのぶと杏寿郎は、お前に無事でいてほしいと思っているのだろう?」
「……」
「人間の身体は脆い。すぐに壊れる。いくら丈夫だとしても、そこから病にでも至れば快復には長い時を要する」
「……」
「鬼狩りにとって柱は貴重な戦力なのではないのか?お前は間違いなく強者だが、それは健康な身体があってこそだ」
次々と飛んでくる正論に何も言えない。
というかなんなんだこいつ。鬼だろうが。上弦だろうが。なに人間の身体の心配をしていやがる。
不死川は静観している煉獄をがばりと振り返り、お節介の度を超えている桃色頭を真っ直ぐ指差して八つ当たり気味に声を上げた。
「煉獄ゥ!なんだこいつはァ!人の話も聞かねーで論破してくるじゃねぇか!!」
「はっはっは!よくわかっているじゃないか不死川!猗窩座は話好きのくせに話を聞かないぞ」
「楽しんでんじゃねぇよ!」
他人事のように笑い飛ばしてくる相手に噛み付くと、煉獄は声の調子を落として「そして彼は、」と優しい微笑を浮かべたまま続ける。
「根っからの世話焼きだ。甲斐性の塊ともいえる」
どこか誇らしげに言う煉獄。
あーもう、嬉しそうに言うじゃねえかちくしょう。
煉獄の様子に肩の力が抜けてしまう。怒る気力も失せて、不死川は盛大な溜め息をついた。それはもう、身体中の空気を全て吐き出すほどの深く長く、大きな溜め息だ。
「…そーかよ。」
ぎろりと隣に半眼を投げ、長い睫毛に縁取られた金色の双眸を睨め付ける。
「怪我したら適切な処置をしてもらう。短刀を打ってもらう。…これで良いかよ」
「だ、そうだ。杏寿郎、それで良いか?」
ひょいとこちらの視線からあっさり目を逸らして、煉獄に承諾を得ようとする上弦の参。
本当にこいつらどういう関係だよ…
「完璧だろう!なあ胡蝶!」
煉獄は満足そうに大きく頷く。
半ばげんなりする不死川の耳に、くすくすと鈴を転がすような笑い声が聞こえた。
「ええ、完璧です。してやられちゃいましたね、不死川さん」
「…疲れた。大丈夫そうだし、俺は帰るぜ」
風呂敷包みを有り難く腕に抱えなおし、踵を返す。
煉獄に懐いているとはいえ上弦の参だ。何かあった場合、胡蝶と隻眼のハンデを負っている煉獄では対処できないだろうと思い同行していたが、杞憂だったようだ。
尋常ではない疲労感を覚えながら、煉獄とすれ違って数歩行き過ぎたところで、一度足を止めた。
「…煉獄。万一のときは、ちゃんと言えよ」
「うむ、心に留め置こう。ありがとう、不死川」
お互い前を向いたまま、それだけのやり取りを残して不死川は蝶屋敷をあとにした。
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(煉獄視点)
その後、胡蝶により診察室に通されると、猗窩座は椅子に座るよう指示を受けた。
猗窩座と対面する形でもうひとつ椅子が用意されていて、そのすぐ脇には診察の際に胡蝶が使用している机が設えてある。その上には薬草や毒、医療といった様々な難しそうな書物が整然と並べられていた。
更に机に隣接していくつもの棚が置かれている。薄い帳簿のようになっているが、そのひとつひとつに隊士の名前が記されているようだった。
五十音順に整理整頓されたその本の中から、煉獄は自身の名を見つけて手に取ってみる。ぱらりとめくると、これまでどんな怪我をして、それに対してどんな治療を施し、経過はどのようで、完治までどのくらいだったかといった具体的な記録が事細かに書き込まれていた。
これだけの情報を管理しているという事実に、素直に驚く。
誰かが大成した勉学をなぞって学ぶのとはわけが違う。彼女がやっていることは、未知の生物が人体に及ぼした何がしかを緩和し、除去するための研究。そしてその未知の生物を死滅させる毒の開発。
つまり、開拓者のいない領域を自らの手で切り拓いているのだ。
自身がこれまで培ってきた知識、経験、そこから得られる発想がものをいう。とてもじゃないが自分には出来ないと思う。
煉獄は、しまってあった場所に己の資料をそっと戻した。
少しして、手に注射器を五本持って戻ってきた胡蝶が猗窩座の正面に座り、うちの一本を指に挟み込んで微笑む。
「さて。それでは血をいただきますね。腕を出してください」
「そんなものでちまちま採らずとも、腕ごとくれてやる」
面倒くさそうに猗窩座が左の前腕を右手で掴むが、胡蝶がやんわりと釘を刺した。
「下品な行為は控えてください。床、汚したくないんですよ」
「陽光が当たれば血など消えるが……まあいい。好きにしろ」
表情は変わらず笑顔だが、胡蝶の顔には気持ちの問題ですとしっかり書かれていた。猗窩座もそれを読み解いたらしく、余計な口答えはせずに嘆息して机の上に左腕を乗せる。
「少しちくっとしますよ」
「……」
鬼に対してかける言葉とは思えないが、恐らく胡蝶は、今採血している相手が鬼であることを意識しないようにしているのだろう。
彼女もまた、大切な人を鬼に殺された者のひとりだ。たとえ猗窩座が直接その死に関与していないとしても、許せないという気持ちは拭えないはず。
猗窩座はどうでも良さそうに注射器に溜まっていく己の血液を見つめ、大人しくしていた。
思えば、基本的に女性に対しては控えめな態度になることが多い。話は素直に聞くし、無論手を出すことなどない。
理由はわからないが、わざわざ訊ねるのも憚られて言葉にはしなかった。
作品名:炎柱を知る(不死川編) 作家名:緋鴉