スタートライン
(等々力視点)
『あ、南に二人向かったよ。海月ー』
『了解』
頭の中に直接乙原の声が響き、次いで海月の応答する声が続く。
等々力は眼前に迫る白いスーツの男たちを斬り伏せ、頭上を見上げた。上空を旋回するように大型の黒い鳥が一羽、悠々と飛行している。
先程までは周囲に鬼と桃太郎が入り乱れて混沌としていたが、黒鳥に乗った乙原と鳥飼からの的確な指示と誘導により、現在鬼の住人たちは集落の一区画に集められている。
敵の隊長、副隊長といった主戦力は既に潰した。現在鬼國隊の面々は避難場所の護衛として不破を配置し、他の五名で各方面にばらけ、逃げ遅れた鬼の保護と散り散りとなった桃太郎の各個撃破にあたっている状況だ。
辺りに視線を走らせ、言葉に出さずに等々力は訊ねた。
『乙原、この周囲に桃はいないか?』
『えーとね、大将のところはもういないね。真っ直ぐ進んでー』
『真っ直ぐだな!』
『真っ直ぐだよ!なんで曲がったの!』
なんでと言われても、首を巡らせていた方角…すなわち正面にそのまま足を向けただけだったのだが…
すまん!と短く謝罪して引き返し、走り出す。
『今度は逆方向だけどまあいいや、大将はそのまま引っ掻き回して!』
半ば諦めたような苦笑とともにそう言われ、有難いと思いつつ建物の間を駆け抜ける。
視界の端に映るのは、踏み荒らされた畑に壁が壊された家屋、そして凄惨な姿で転がる老若男女問わない鬼の亡骸。
等々力は感情を押し殺すように唇を引き結んだ。
ここは地図にも載らないような、山間部にひっそりとつくられた鬼の集落だった。
つい先日、小さな桃太郎機関の支部を襲撃した折に得た資料に、この集落のことが記されていたのだ。
それは駆除という名目で、他の支部と合同でこの集落に住むすべての鬼を皆殺しにするという内容だった。
資料によれば実行日は明日のはずだったが、自分たちが駆けつけたときには既に桃太郎たちが攻め込んできており、集落は混乱に陥っていた。
先程命乞いをしてきた一人の隊員に話を聞いたところによると、本来は協力して鬼を狩る予定だったが、手柄を少しでもあげるために他支部を出し抜いて一日早く突撃したとのこと。
鬼の命を出世の手段としか見ていないどころか、同じ桃太郎同士ですら信頼せずに自らの利益しか考えていない。
そんな下衆な存在に、強い嫌悪感を抱く。
『大将ストップ!右見て!』
『む!』
『箸持つ方だバカ!』
『こっちか!』
乙原の声のすぐあとに、鳥飼の罵声が飛んできて右を見る。
民家の壁のあいだに薄暗く細い小道が伸びており、躊躇うことなく等々力は突き進んだ。
奥には粗大ゴミのようなものが雑然と放置されているようだったが、確かに人の気配がする。
逃げ遅れた鬼か、はたまた桃太郎か。
無機物の隙間に身を隠すように縮こまっていたのは、桃太郎機関特有の白いスーツを着た女だった。
「ひっ……いや、来ないで…!」
腕は細く、その瞳は恐怖に塗り潰されていて、とても前線で鬼と戦う戦闘部隊とは思えない。
それでも確かなことは、この者が非戦闘員である以前に、そして女である以前に、桃太郎であるということだ。
等々力は迷いなく足場を蹴り、ひと息で間合いに入り込むと刀を袈裟に斬り上げた。
頭を守るようにしていた手首と一緒に、胴体から離れた頭部が地面に転がり落ちる。一拍遅れて夥しい量の鮮血が噴き出た。
確実に絶命していることを視認して更に周囲を探り、ほかに気配がないことを確かめるなり、等々力は踵を返してまた走り出す。
女も子供も関係ない。ただ、桃太郎という存在を根絶するのみ。
『避難場所に鬼が三人向かってる。不破っち、保護よろしく』
『ほーい』
その後も空からの指示をもとに連携をとり、集落に攻め入っていた桃太郎は一人残らず殺しきった。
とはいえ、鬼側の被害も甚大だ。あと一日早く前の支部を落とすことができていたら、結果はまた変わっていただろうと思うと悔やんでも悔やみきれない。
それでも自分たちが到着するまでどうにか逃げ延びていた住人たちは、命を救われたことに涙を流して何度もこちらに礼を述べていた。
村はぐちゃぐちゃで、あちこちに死体や臓物が飛び散ってとても生活できるような環境ではない。
もとより身を隠して生活していたのだ。近隣地域との交流などあるわけもなく、自給自足でやりくりしていたのだろう。復興するにしても物資を分けてくれるあてがあるはずもない。
彼らに選択肢などないのだ。結局この土地を手放すしかない。
だからといって何か手助けしてやれることもなく、来るのが遅くなってしまったことを謝罪した。
「いいんですよ…。命あっての物種ですから」
疲れきった顔でそう言って笑う鬼の女性は、左手に幼い娘の手をしっかり握っていて。
女の子はどこでもない空間を無表情に見つめるばかりで、放心しているようだった。女性の左の薬指には指輪があったが、彼女の近くに旦那らしい姿はない。
それが意味するところに、等々力は帽子のつばを指で摘んで目深に引き下ろした。



