臆病者
とある居酒屋。
鬼國隊の面々は鋭気を養っていた。
…というのは表向きであって、単純に飲み会を開いていた。
基本的に移動をしながら生活をしている、野良の鬼集団である。何ものにも縛られず、自由に活動して自由に休息をとる。
鬼國隊には確固とした目的があるが、目的に囚われすぎては人生つまらない。
復讐などは人生のおまけ程度に考えて、楽しく生きたほうが最高だと死んだおじじも言っていた。
伸びやかな時間を満喫していた等々力が、手洗い場から自分たちの席に戻ってくると、テーブルに顔を伏せるようにして突っ伏した黒髪が目に入った。
もしやと思い視線を巡らせると、四人がけのテーブル席の向かいで苦々しい表情を浮かべていた乙原と目があって。
その隣にいたはずの蛭沼が、他の仲間が分かれて座っていたもうひとつの四人がけテーブルの男たちを、腕を組んで見下ろしている。
その構図だけで何が起きたのかは大方察しがついたが、等々力は席に座りながら乙原に訊ねた。
「飲まされたのか?」
「ごめん、止めたんだけど……蛭沼さんがちょっと席外した隙に…」
面目なさそうに顔の前で手を合わせてくる乙原に苦笑する。
隣のテーブルでは、普段温厚な蛭沼が淡々と問題児たちを叱っていた。
等々力は隣で見事に潰れている男、鳥飼羽李の肩を軽く揺する。
「鳥飼、起きているか?」
「……おきてる」
ぼそりと返答はあったが、起き上がる気配はない。
この鳥飼という男は、下戸ではないが非常に酒に弱い。
果汁が多く含まれたような缶チューハイですら一本飲み切ることはできず、この通りだ。
普段飲むときはグラスいっぱいのアルコール度数の弱いものと、そのあとはノンアルコールで周りに付き合うといった感じなのだが…
「大将、もう少し飲むでしょ?俺鳥飼さんをホテルまで送って行くよ」
乙原が気遣わしげにそう言い出してくれたため、等々力は自身の荷物と鳥飼の荷物をまとめながら頷いた。
「俺も行こう。ゆっくり飲みたい気分だ。途中で何か買っていくのはどうだ?」
「それいいね。つまめるものも選ぼうよ」
二人で顔を見合わせてにんまりと笑い合い、ひとしきり説教を終えた蛭沼に事情を話すと、にっこり微笑んだ彼はその笑顔には到底似つかわしくない握力で乙原のバッグの紐を掴んだ。
「…乙原くんは、二人を送ったあと戻ってきますよね?」
「え、…いやぁ…?」
「私一人にこの問題児三人を見ろだなんて、寂しいことは言いませんよね?」
「う、海ちゃんがいるじゃない…」
「男の面倒なんて見ねえよ」
名前を上げられた直後、被せる勢いでばっさりと切って捨てる海月に乙原はひくりと口元を引き攣らせる。
バッグの紐を握り締めてくる蛭沼の、笑顔に隠しきれていない圧に押し負けて彼は不承不承頷いた。
「わかったわかった。大将たち送っていったらちゃんと戻ってくるよ。これほら、置いてくから」
人質ならぬ物質とばかりに自らのバッグを席に置いて、乙原は降参するように両手を挙げてみせる。
嘆息する彼に、件の問題児たちが声を上げて笑った。
「おっつんも大変やねぇ!」
「蛭沼さんもおっかねー顔してないで飲もうぜー!」
「店員さーん、おかわり。同じの三つ。あ、四つ?五つでいっか」
「ぎゃはは!誰がそんなに飲むっちゅーねん!」
言うまでもなく、不破、百目鬼、囲の三名である。
普段彼らをまとめて保護者兼ツッコミ役となっているのは鳥飼だが、口煩い鳥飼を意図的に潰したということは火を見るより明らかであり、今は蛭沼が代役といったところだ。
すっかり出来上がって、赤ら顔で凭れ合いながらジョッキやグラスを煽る男たちに乙原は呆れ気味に言う。
「蛭沼さんが笑ってるうちが花だよ、みんな。周りのお客さんに迷惑かけないようにね。」
ひらひらと手を振って踵を返すと、乙原は鳥飼に肩を貸す形で立ち上がった等々力から二人分の荷物を取り上げて、自身の肩に引っ掛けた。
「行こう、大将」
「ん。皆楽しそうで何よりだ」
「…あはは、そうだね」
じゃれ合う仲間たちに穏やかな視線を向け、等々力は店を出た。
+++
おさえていたビジネスホテルに着く前にコンビニで数本のアルコールを購入した等々力は、案内役となってくれた乙原に礼を伝えて見送り、部屋に上がるとぐったりした鳥飼をどうにかベッドの上に引き上げて寝かせた。
鬼の体力は人間のそれよりあるとはいえ、乙原は非戦闘員。足の速さは折り紙付きだが肉体はそれほど鍛えているわけではなく、どちらかというと華奢で細い。
意識のない、それも自身よりも上背のある成人男性を担ぐというのはさすがに骨が折れるだろう。
そう思って、同行を名乗り出た。
…あとはまあ、鳥飼の介抱というならやはり自分が、という自負のようなものだ。
すやすやと寝息を立てている鳥飼の、履いたままだった靴を脱がせてやってから、さてどうするかと腰に手を当てる。
服装は物々しい軍服ではなく、目立たない私服である。やや緩めなロングTシャツに、ワークパンツといったスタイルであるため、別段寝苦しくはないだろう。
むしろ自分のほうが厚着をしていることに気づき、パーカーを脱いで薄手のTシャツとスラックスという楽な格好になった。
「…布団だけかけてやれば大丈夫か」
誰にともなく呟いて、眠りこけている鳥飼の身体を一度転がしてベッドの隅に追いやり、下敷きになっていた包布を引っ張り出す。
再び鳥飼を転がして中央に戻してから、包布を上からかけてやった。
その脇に腰を下ろし、先程購入した缶ビールを袋から取り出すと、プルタグに指を引っ掛けて開封する。
ぷしっ、と小さな破裂音をさせる飲み口に唇を寄せ、缶を煽った。
店でも少しは飲んできたが、まだ物足りない。
特に弱くも強くもないという自覚はあるが、酔っ払うという感覚がいまいちピンとこなかった。大抵酔う前に腹が膨れて水分自体を摂取できなくなるか、今回のように途中で抜けるか、そんなところだ。
ちらりと背後に視線を投げてみると、薄く唇を開いたまま顔を真っ赤にして眠っている愛しい人がいて。
半分ほどまで缶の中身を減らしてから、起こさないようにそっと顔を寄せてみる。
外で寝泊まりするときは周りが暗いこともあり、寝顔なんて見ることはないが屋内は別だ。
「……」
酔っているせいか、いつもより表情筋が緩んでぽやんとしている気がする。頬も赤く色づき、あどけなさが滲み出ていて思わず口角が緩んでしまう。
好き勝手に右へ左へ転がしたせいで乱れた鳥飼の髪を、指先で軽く整えてやった。擽ったかったのか、むずがるように眉間にしわを寄せる様がまた幼く見えて、母性本能が刺激される。
手にしていた缶を大きく煽って空にし、サイドテーブルに置くと等々力は再び鳥飼の寝顔観察に戻った。
今度は彼の唇を、下から押し上げるようにつついてやる。僅かに開いていた唇が閉じられては開き、その都度小さな水音が奏でられる。されるがままの様子にくすりと笑みを溢したとき。
「ん…っ」
鬼國隊の面々は鋭気を養っていた。
…というのは表向きであって、単純に飲み会を開いていた。
基本的に移動をしながら生活をしている、野良の鬼集団である。何ものにも縛られず、自由に活動して自由に休息をとる。
鬼國隊には確固とした目的があるが、目的に囚われすぎては人生つまらない。
復讐などは人生のおまけ程度に考えて、楽しく生きたほうが最高だと死んだおじじも言っていた。
伸びやかな時間を満喫していた等々力が、手洗い場から自分たちの席に戻ってくると、テーブルに顔を伏せるようにして突っ伏した黒髪が目に入った。
もしやと思い視線を巡らせると、四人がけのテーブル席の向かいで苦々しい表情を浮かべていた乙原と目があって。
その隣にいたはずの蛭沼が、他の仲間が分かれて座っていたもうひとつの四人がけテーブルの男たちを、腕を組んで見下ろしている。
その構図だけで何が起きたのかは大方察しがついたが、等々力は席に座りながら乙原に訊ねた。
「飲まされたのか?」
「ごめん、止めたんだけど……蛭沼さんがちょっと席外した隙に…」
面目なさそうに顔の前で手を合わせてくる乙原に苦笑する。
隣のテーブルでは、普段温厚な蛭沼が淡々と問題児たちを叱っていた。
等々力は隣で見事に潰れている男、鳥飼羽李の肩を軽く揺する。
「鳥飼、起きているか?」
「……おきてる」
ぼそりと返答はあったが、起き上がる気配はない。
この鳥飼という男は、下戸ではないが非常に酒に弱い。
果汁が多く含まれたような缶チューハイですら一本飲み切ることはできず、この通りだ。
普段飲むときはグラスいっぱいのアルコール度数の弱いものと、そのあとはノンアルコールで周りに付き合うといった感じなのだが…
「大将、もう少し飲むでしょ?俺鳥飼さんをホテルまで送って行くよ」
乙原が気遣わしげにそう言い出してくれたため、等々力は自身の荷物と鳥飼の荷物をまとめながら頷いた。
「俺も行こう。ゆっくり飲みたい気分だ。途中で何か買っていくのはどうだ?」
「それいいね。つまめるものも選ぼうよ」
二人で顔を見合わせてにんまりと笑い合い、ひとしきり説教を終えた蛭沼に事情を話すと、にっこり微笑んだ彼はその笑顔には到底似つかわしくない握力で乙原のバッグの紐を掴んだ。
「…乙原くんは、二人を送ったあと戻ってきますよね?」
「え、…いやぁ…?」
「私一人にこの問題児三人を見ろだなんて、寂しいことは言いませんよね?」
「う、海ちゃんがいるじゃない…」
「男の面倒なんて見ねえよ」
名前を上げられた直後、被せる勢いでばっさりと切って捨てる海月に乙原はひくりと口元を引き攣らせる。
バッグの紐を握り締めてくる蛭沼の、笑顔に隠しきれていない圧に押し負けて彼は不承不承頷いた。
「わかったわかった。大将たち送っていったらちゃんと戻ってくるよ。これほら、置いてくから」
人質ならぬ物質とばかりに自らのバッグを席に置いて、乙原は降参するように両手を挙げてみせる。
嘆息する彼に、件の問題児たちが声を上げて笑った。
「おっつんも大変やねぇ!」
「蛭沼さんもおっかねー顔してないで飲もうぜー!」
「店員さーん、おかわり。同じの三つ。あ、四つ?五つでいっか」
「ぎゃはは!誰がそんなに飲むっちゅーねん!」
言うまでもなく、不破、百目鬼、囲の三名である。
普段彼らをまとめて保護者兼ツッコミ役となっているのは鳥飼だが、口煩い鳥飼を意図的に潰したということは火を見るより明らかであり、今は蛭沼が代役といったところだ。
すっかり出来上がって、赤ら顔で凭れ合いながらジョッキやグラスを煽る男たちに乙原は呆れ気味に言う。
「蛭沼さんが笑ってるうちが花だよ、みんな。周りのお客さんに迷惑かけないようにね。」
ひらひらと手を振って踵を返すと、乙原は鳥飼に肩を貸す形で立ち上がった等々力から二人分の荷物を取り上げて、自身の肩に引っ掛けた。
「行こう、大将」
「ん。皆楽しそうで何よりだ」
「…あはは、そうだね」
じゃれ合う仲間たちに穏やかな視線を向け、等々力は店を出た。
+++
おさえていたビジネスホテルに着く前にコンビニで数本のアルコールを購入した等々力は、案内役となってくれた乙原に礼を伝えて見送り、部屋に上がるとぐったりした鳥飼をどうにかベッドの上に引き上げて寝かせた。
鬼の体力は人間のそれよりあるとはいえ、乙原は非戦闘員。足の速さは折り紙付きだが肉体はそれほど鍛えているわけではなく、どちらかというと華奢で細い。
意識のない、それも自身よりも上背のある成人男性を担ぐというのはさすがに骨が折れるだろう。
そう思って、同行を名乗り出た。
…あとはまあ、鳥飼の介抱というならやはり自分が、という自負のようなものだ。
すやすやと寝息を立てている鳥飼の、履いたままだった靴を脱がせてやってから、さてどうするかと腰に手を当てる。
服装は物々しい軍服ではなく、目立たない私服である。やや緩めなロングTシャツに、ワークパンツといったスタイルであるため、別段寝苦しくはないだろう。
むしろ自分のほうが厚着をしていることに気づき、パーカーを脱いで薄手のTシャツとスラックスという楽な格好になった。
「…布団だけかけてやれば大丈夫か」
誰にともなく呟いて、眠りこけている鳥飼の身体を一度転がしてベッドの隅に追いやり、下敷きになっていた包布を引っ張り出す。
再び鳥飼を転がして中央に戻してから、包布を上からかけてやった。
その脇に腰を下ろし、先程購入した缶ビールを袋から取り出すと、プルタグに指を引っ掛けて開封する。
ぷしっ、と小さな破裂音をさせる飲み口に唇を寄せ、缶を煽った。
店でも少しは飲んできたが、まだ物足りない。
特に弱くも強くもないという自覚はあるが、酔っ払うという感覚がいまいちピンとこなかった。大抵酔う前に腹が膨れて水分自体を摂取できなくなるか、今回のように途中で抜けるか、そんなところだ。
ちらりと背後に視線を投げてみると、薄く唇を開いたまま顔を真っ赤にして眠っている愛しい人がいて。
半分ほどまで缶の中身を減らしてから、起こさないようにそっと顔を寄せてみる。
外で寝泊まりするときは周りが暗いこともあり、寝顔なんて見ることはないが屋内は別だ。
「……」
酔っているせいか、いつもより表情筋が緩んでぽやんとしている気がする。頬も赤く色づき、あどけなさが滲み出ていて思わず口角が緩んでしまう。
好き勝手に右へ左へ転がしたせいで乱れた鳥飼の髪を、指先で軽く整えてやった。擽ったかったのか、むずがるように眉間にしわを寄せる様がまた幼く見えて、母性本能が刺激される。
手にしていた缶を大きく煽って空にし、サイドテーブルに置くと等々力は再び鳥飼の寝顔観察に戻った。
今度は彼の唇を、下から押し上げるようにつついてやる。僅かに開いていた唇が閉じられては開き、その都度小さな水音が奏でられる。されるがままの様子にくすりと笑みを溢したとき。
「ん…っ」



