臆病者
「確かに……抱くと言われたときには、待ってくれるんじゃなかったのかと思った。途中、身体がどうにかなりそうで怖さもあった。お前も止まらないしな」
「う…」
「でも、ほっとしたんだ。」
気恥ずかしそうに目を伏せて、等々力が続ける。
「触り心地も悪ければ、相手を喜ばせる技術もない。女性のような愛らしさもなければ、か弱さもない。…こんなむさ苦しいだけの身体に、興奮してくれるのかって……恐れていたんだ。」
自身の手を、落ち着かせるように反対の手で包み込む。
「羽李がイけなかったらどうしようか…。途中で、やはり俺なんて抱けないと幻滅されたらどうしようか…と。」
おずおずと、等々力が顔を上げる。
こちらを窺うように、見上げてくる。
その表情が、幸せそうで。
「…だから、最後までしてくれて、ほっとした」
「っ…」
しっかりすべてを聞き届けて、鳥飼は思いきり等々力を抱き締めた。安心しすぎて涙が滲んでくる。
「良かっ……、俺、絶対お前に引かれたと思った…」
「そんな暇がないくらい気持ち良かったぞ」
「!……もう一回やる?」
「いや、しない。飲みなおしたい」
恋人同士の甘い雰囲気をなんの躊躇もなく破り捨てて、等々力は鳥飼の抱擁から脱すると、コンビニの袋から新たな缶とスナック菓子を取り出してみせた。
「つまみもあるぞ、一緒に食おう!」
「あー…、」
切り替えの早さに一瞬取り残された鳥飼だったが、じわじわと可笑しさが込み上げてきて。
「はははっ、お前やっぱり最高だよ」
「待て、羽李の飲み物がないな。買いに行くぞ」
「いーよ、俺は水で。こういうところは大抵、冷蔵庫にあるだろ」
「それでは味気ないだろう。ケーキに準ずるものも買わないといけないしな」
「甘いもん欲しいの?」
よく食うな、と内心呆れていると、等々力がにっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「はじめて記念日だろう?祝おう」
臆面なく言ってくる相手に虚を突かれ、咄嗟に反応し損ねる。
互いに臆病な部分を隠していた自分たちが、大きな一歩を踏み出せた日。
確かに、特別な日だ。
「…そうだな」
こいつの、こういうところが、やっぱり堪らなく好きだった。
「夜道だが心配するな!段差や障害物は俺が取り除く!」
「いや、口で教えてくれりゃ良いよ」
すべて風で吹っ飛ばしかねない勢いで言うものだから、笑ってしまう。
「しかし颯からはじめて記念日って単語を聞くとは思わなかったな。お前、記念日って祝う派なの?」
「特にこだわらないな。祝いたいときに祝えば良い」
「相変わらず自由だな」
「いつ死ぬかわからないと思えば、毎日何かを祝っても良いかもしれない」
「死ぬ気で祝うのか」
「…微妙だな!」
「気付いてくれて安心したよ」
二人は外出の支度をして、他愛ない応酬をしながら部屋から出た。
途中、居酒屋から引き上げてきた隊員たちと行き合って、蛭沼が両目をぎゅっと瞑ったのを見た鳥飼が、この最年長の男によってあえて二人の時間が作りだされたのだと察することに、さほど時間は要しなかった。
それを見かねた乙原が、そういうことかと合点して華麗なウインクを決めてきて。
敵わないなと思った鳥飼が、結局鬼國隊の人数分のコンビニスイーツを購入したことは、言うまでもないのだった。
fin.



