加減
最近、身体の調子が良い。
山奥の川沿いにぽつんと建った、三階建ての施設。
そこから鬼國隊を率いて出てきた等々力颯は、ひとりそう実感していた。
風の能力という特性上、大振りなものが多くなりがちだが、細かい制御が以前よりもうまく出来ている。
そして何より、フィジカルにおいて好調を感じていた。
鬼である自分たちは、一般の人間よりも回復が早い。
擦り傷程度ならすぐに消えてしまうし、戦闘での疲労も翌日に持ち越すようなことはない。
日々の体調管理などせずとも調子が良いという状態が常なわけだが、これまでの普通がなんだったのだろうと思うくらいには、身体に変化が生じていた。
「しっかし、桃太郎ってやつはなんでこうも胸糞悪いことするんだろうな」
「暇なんじゃない?」
後ろをついてきていた百目鬼が嘆息混じりに言うと、囲が吐き捨てるように適当に答える。
今しがた後にした施設では鬼の臓器の研究がされていた。
百目鬼の言うとおり胸糞悪いことこの上ないが、別段珍しいことではない。
異常な回復能力、様々な特性の血液、暴走。
未知な部分を解明して、自分たちの利益に結びつけようと考えているのだろう。
今回は施設内に生きた鬼はいなかった。
解体され、ホルマリン漬けにされた元鬼だった身体の一部が安置されていただけ。
研究に携わっていた桃太郎や、内容は知らされないまま警備として配置されていた桃太郎等、合わせて五十名足らずがいたようだったが、すべて根こそぎ始末してきた。
そして、ここに検体を送ってきた施設の情報が残っていた為、そこを次の目的地として移動を開始しているところだった。
「大将、機嫌良さそうだね」
先頭を歩いていた等々力の隣に、ぴょこんと乙原が一歩前に出て並ぶ。
鬼國隊唯一の非戦闘員である彼は、他人の心の機微に明るい。
乙原から見てそうならきっと自分は今機嫌が良いのだろうと思い、等々力は頷いた。
「なんだか身体が軽くてな。うまく力をコントロールできている」
手のひらを胸の前で握り込んで、ひらく。
この感覚を保持したまま鍛錬を積めば、もっと強くなれる確信がある。
にっと笑う等々力の後ろで、しかし鳥飼が呆れ気味に突っ込んだ。
「どこがだよ。丸々ワンフロア吹っ飛ばした奴の台詞じゃねえだろ」
その言葉に乙原も苦々しく笑う。
等々力はぱちぱちと瞬きをしてから、ちらりと後方に視線を投げた。
確かに、三階建てだった建物は、その三階部分をごっそり失って二階建てのようになってしまってはいるが…
「何を言っているんだ鳥飼。ワンフロアだけで済んでいるじゃないか」
「感覚バグり過ぎだろ!」
指をさして小首を傾げる等々力に噛み付く鳥飼。
「何回も訊くようだけど、負担はないんだろうな?」
「ああ、ないぞ」
「本当だな?大将の普通は無茶することだって、みんな知ってるんだからな」
そんな応酬に不破が声を上げて笑った。
「まるでオカンやな」
「あれだろ?勉強とか根詰めすぎる息子を心配して、口うるさくなる母ちゃんだろ?」
「そうそう、んで息子に煙たがれるっちゅー王道ルートやね」
百目鬼も同調して、なんのドラマだか知らないが勝手に話を進めていく。すかさず鳥飼が二人の頭を引っ叩いた。
「うるせえ!大将はそんな子じゃありませんっ」
「あいたっ!オカンのとこは否定せえへんのかい!」
叩かれた頭を押さえて不破が声を上げる中、等々力は歩調を緩め鳥飼の隣にきて、宥めるようにその背にぽんと手を添える。
「鳥飼の気遣いはちゃんと受け取っている。ありがとう」
「大将…」
やっぱりうちの子は良い子だわとでも言いそうな具合に感動している鳥飼に、等々力は真っ直ぐな瞳を細めて、穏やかに笑った。
「あれは壊そうと思って壊したんだ。だが、山も割れていない。加減はできている」
「あ……そう」
明朗な返答に、鳥飼は諦めたように引き攣った微笑を浮かべた。
等々力颯は最近、身体の調子が良い。



