飲まない理由
依頼のために小さな島に停泊していたグランサイファー。
その甲板が俄かに騒がしくなったことに気がつき、ガウェインはふらりと自室から足を伸ばし顔を出した。
何やら人だかりができていて、団長をはじめとした団員たちが嬉しそうな声をあげている。
「?」
気にはなったが、野次馬根性よりも人混みを避ける自身の性格が勝り、ガウェインは近づくでもなく遠目に観察していた。
その隣から不意に落ち着き払った声がかかる。
「やれやれ。どこにいても大人気だな」
ちらりと横目を投げると、いつからいたのか腕を組んで傍観の姿勢をとっているパーシヴァルがいて。
人の顔と名前を覚えることは苦手だが、この炎帝パーシヴァルは既知の仲だ。
ダルモアがウェールズとフェードラッヘのあいだに結んだ三国同盟による部分も大きいが、この男は色々と目立つところが多い。
ガウェインは特に興味なさそうに、今日の昼飯は何にするかとでも口にするかのような適当加減で訊ねた。
「誰か帰ってきたのか」
「ジークフリートだ」
「ああ…」
名を聞いただけで不思議と納得できてしまう。
かの有名な竜殺しは、ほとんど艇に留まることはない。彼の祖国であるフェードラッヘの為ならどのような献身も厭わないと聞く。
ここ暫く姿を見ていなかったということは即ち、またぞろ誰にも理解されない功績をひっそりと打ち立ててきたのだろう。
そんな英雄とも呼べる男の帰還ともなれば、団長たちのはしゃぎっぷりももっともだろう。
理由が判明したことで踵を返し、艇内に戻ろうとするガウェインにパーシヴァルが軽く首を傾げた。
「話していかないのか?奴のことだ、どうせ長居はしないぞ」
「竜殺しと俺がなんの話をする?そんな仲ではない」
「……、」
パーシヴァルは逡巡するような間を置いてから、得心したように目を伏せて頷いた。
「それもそうだな。失礼した」
「いや」
短く応じて、今度こそ踵を返して艇内に戻る。
パーシヴァルが何を勘違いしたのか、なんとなくわかる。
同時に脳裏には翼の一族の豪快な王の顔が浮かんで、無意識にガウェインの足は自室ではなく愛しい者の部屋へと向かっていた。
が、廊下を歩いて間もなく、目当ての人物とかち合った。
「む、ガウェイン殿。外が随分と賑やかだが、よもや宴ではあるまいな?」
ネツァワルピリの宴好きは最早末期的である。何せ戦闘の度に宴を開こうとするのだから。
半ば呆れながら、ガウェインはかぶりを振る。
それと同時に、教えるべきか迷った。飲み仲間の帰還を知れば、嬉々としてこの男は甲板に出て行くだろう。それはなんだか面白くなかった。
だからといってはぐらかしたり偽りを伝えたところで、結局後々露見することになる。最悪の場合顔を合わせることができなかったと悲しむ可能性も…。
あれこれと考えたものの、所要時間はおそらく二秒かそこらだっただろう。
重たい口を、なんでもないことのように動かした。
「ジークフリートが戻ってきたそうだ」
「ほう!それは重畳であるな!」
予想通り、ぱっと花が咲くように明るく笑い、意志の強い印象的な双眸はこちらの頭上を通り越して甲板へと向けられる。
きゅっと息苦しさを感じる中、早口にならないよう意識しながら言葉を続けた。
「今は皆に囲まれているが、あとで話に行ってやったらどうだ」
大丈夫だろうか。引き止めるような響きに聞こえなかったか、少し心配だ。
やや窺うように視線だけでそっと相手を見上げると、勢いに任せて飛び出しかけていたネツァワルピリが思いなおしたのか踏みとどまった。
「確かに、今行ったところでゆっくり話も出来ぬな」
「……」
「ガウェイン殿、」
顎に指をかけて言ってから、ネツァワルピリは不意にこちらを見遣る。窺うだけだったはずの視線がまっすぐ絡めとられ、ぎくりと身体が強張った。
「今宵、良ければ少し付き合ってほしい」
「?…構わんが、なんの用だ」
「たまには一緒に酒でもどうかと思ってな」
「…え、……いや、それは貴様等だけで」
「そうと決まればジークフリート殿にも合図を送らねばな」
「待てっ……俺はまだっ」
屈託なく笑い、ネツァワルピリは甲板まで突き進んで屋外に出るなり人混みの中心に大きく手を振る。
なんだかあらぬ展開になってしまいそうで、阻止するべくガウェインも後を追うものの、いくら長身のこいつといえども人間おしくらまんじゅうを食らっている人物に見つけてもらえるとは思えない。気づいてもらえずなあなあで終わるだろうと高を括っていたとき。
鋭く高い鳥の声が頭上に響いた。
ネツァワルピリの愛鳥であるクゥアウトリが、主人の意を汲んだらしい。有能すぎる相棒である。
その鳴き声に、同じく有能すぎる竜殺しが反応して物々しい鎧の片手を天高く突き出していた。
握った拳に親指を立て、ポジティブサインをしている。
「よし!確約である!」
「あれで!?」
淀みなく溌剌と言い切るネツァワルピリに思わず訊き返したが、自信満々に大きな首肯が返ってきた。
なんの約束かなぞ、あのピーピーだけでわかるはずがない。
そう思うのは俺だけなのだろうか…
「今から日暮れが楽しみぞ!」
「……そうだな」
ただの挨拶だと思われても文句は言えない一方的なコミュニケーションだったが、こいつが嬉しそうならまあ、それでいいか。
色々と考えることにも疲れ、ガウェインは適当に頷いておくことにした。



