飲まない理由
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「だから……なんであれで意思の疎通が図れているんだと訊いている…!」
その日の晩、ラードゥガではネツァワルピリとガウェイン、そしてジークフリートの三名が、並んでカウンター席に座っていた。
しかも何故かガウェインを間に挟む形で、だ。
「なんでと言われてもな…。ネツァワルピリ殿に声をかけられる用事といえば、これしかないだろうと思ってな」
ジークフリートは苦々しく笑い、手にしていたグラスを軽く持ち上げてみせる。カラン、と氷が傾いて小気味良い音が溢れた。
カウンターの上で両の拳を握り締めていたガウェインの背を、反対隣から伸びてきた大きな手のひらがぽんぽんと宥めるように優しく叩く。
「まあ、良いではないか!我も夜までジークフリート殿がいるかどうかは知らなかったが」
「それでよく確約なんて単語を口にしたものだな…」
信じ難いとばかりにげんなりと呟くガウェインの手元に、並々と注がれたエールのジョッキが置かれる。
視線を上げると、カウンター越しから店主であるファスティバのウインクが飛んできて。
アルコールは久しぶりだったが、なんだか飲まないと付いていけないような気がして有り難く受け取った。
早速ジョッキに口をつけて一思いに煽ってから、ガウェインはちらりとジークフリートに横目を投げる。
噂の竜殺しとまともに会話をしたことはこれまでになく、ましてや共に酒を飲むなど想像もしたことがなかった。
立ち居振る舞いの貫禄から己より歳上だろうとは思っていたが、意外にも身長は多少こちらのほうが大きいらしい。
しかしこう、なんというか…
「ジークフリート殿。暫く会わぬうちにまた、竜の血が強くなったか?」
ネツァワルピリの言葉にガウェインも反応する。
今まさに思っていたことだ。
竜の血が体内に混ざっているという話は小耳に挟んだことがあるが、どこか雰囲気が人間離れしているというか、人外の存在というか…
ジークフリートもまた、自身の手のひらを顔の前にかざして小首を傾げた。
「ああ…そのようだ。感覚が鋭敏になっている。…はたからわかるものなのか?」
「素人目にはっきりそれと判別できるわけではないが、身に纏う空気は少し変わったように思う」
「ふむ…」
二人のやり取りを聞いていたガウェインも、ジークフリートの空気というものが以前どのようなものだったかは知らないが、それでも人間という大きな括りから片足踏み外しているような感は否めなかった。
金色の瞳も、瞳孔が縦に切れているのも、これが生来の彼のものなのかわからない。余計なことは口にしないでおくに限る。
「体調に変わりは?」
「血が活性化したときはさすがに参ったが、今は異常はないな」
「ならば良かった!あまり無茶をしてはならぬぞ」
「耳が痛いな…。しかし無茶というなら、俺よりガウェイン殿のほうだろう」
唐突に名を出され、完全に油断していたガウェインは一瞬反応出来ずに、ぱちぱちと瞬きをした。
「…俺?」
短く問い返すと、ジークフリートは穏やかに微笑を浮かべつつグラスを煽る。
「ウェールズの兵を単騎で退けたことは聞き及んでいる」
「なんだ…そんな昔話か。」
三人の前にそれぞれ枝豆と焼き鳥の皿が出され、空だったガウェインのジョッキも交換されていく。
枝豆に手を伸ばして口の中に実を飛ばすと、ほんのりとついた塩味がなんともつまみにちょうど良い。喉を鳴らしてエールを飲み下し、ガウェインは嘆息した。
ダルモアの英雄などと大層な呼び名が出回っているが、これはその原因となった一件の話だ。どう広まったのか、意外と有名らしい。
つい、それ以外にも何かあっただろうかと身構えてしまった。
「ドラゴン相手にひとりで大立ち回りすることに比べれば、まだ常識のうちだろう」
嫌味を言うでもなく、己を卑下するでもなく、単純に思ったことを口にする。
どう考えても竜を単独で討伐するほうがどうかしている。
すると、ネツァワルピリが焼き鳥を一本丸ごと頬張って串を引き抜き、愉快そうに笑った。
「我からすればどちらも常軌を逸しているがな!」
「飛行中の騎空艇から飛び降りる阿呆に言われたくはないわ」
自分のことを完全に棚の上にあげて、他人事のように言ってのける男にぴしゃりと切り返す。
「はっはっは!言葉もない!」
豪快に笑い飛ばす鷲王に、ジークフリートもつられて笑った。
「飛び降りたのか?大胆な男だとは思っていたが、貴殿も相当やんちゃだな」
「いやなに、二人には及ばぬよ」
やんちゃのひと言で片付けてしまうあたり、感覚がずれているとしか思えない。こいつらといると自分の常識を疑ってしまう。
やれやれと溜め息を落としてエールを口に含むと、ファスティバが困ったように笑う。
「三人ともぶっ飛んでるけど、男の子はそうでなくちゃね」
「……」
俺も含まれていた。
同列に語られるとは心外で、憮然としてぐいとジョッキを大きく傾けた。
そんなこちらに、カウンターの上で腕を組み体重をかけたジークフリートがのほほんと笑いかける。
「こうして飲むのは初めてだが、ガウェイン殿はいける口なのだな」



