想いを形に
先程までそういった雰囲気だったということもあり、落ち着いたはずのガウェインの息子は「呼んだ?」とばかりに燻っていた熱を再燃させてしまう。
「ま、まだ昼間だろうが。それに服が汚れる」
どうにか緊急事態を回避しようとするが、ネツァワルピリの指に顎を捉えられ、逃がさないとでも言うように更に顔が寄せられる。
「この装いがまた我を興奮させるのだ。着飾った相手を犯すなぞ、想像するだけで堪らぬ」
唇が触れてしまいそうなほどの距離にまで顔が近づくのに、口付けはしてこない。
…吐息が触れる。
キスをしてほしい。
触れられたい。
流されたい。
気持ち良くしてほしい。
ガウェインは心拍数が異常に上がる中、相手の薄い唇に目が釘付けになりながらも、ぎゅっと固く目を瞑ってその逞しい胸を押し返した。
「だ、駄目だ」
「…理由を訊いても?」
「っ…このあとフロレンスのところに顔を出すことになっている。だから…」
ダルモアへの視察は彼女も知るところだ。そのために彼女が選んだ服なのだから、内容の報告に際して別の服で顔を合わせるのは筋が違う気がする。
…何より、ネツァワルピリとの関係を知っているあの姉のことだ。着替えて出向けば、そういった行為があって汚したと容易に推測してしまうことだろう。
腕を突っ張って体温が上昇する身体を必死に離そうとするガウェインに、ネツァワルピリはくすりと小さく笑った。
「…すまぬ。お主を困らせるつもりはなかったのだ。しかし現状、度し難いほどの疼きに身を焼かれているのも事実故、許してほしい」
「あ…い、いや、それは……お、俺も…と、いうか…」
本当は喉から手が出るほどこいつの熱を欲している。少しでもそれを知ってほしくて辿々しく言葉を探していると、こつんと額に相手の額がぶつかってきた。
困ったように笑うその顔は、必死に大人としての理性を繋ぎ止めているような、造られたようにぎこちないもので。
「愛い。……これは些か、過ぎるな」
「…?」
「それ以上は勘弁願う。我とて、己の欲を律するにも限度があるのだ」
色香が滲む掠れ気味の低い声が、甘く耳朶を震わせる。
ネツァワルピリは腕を広げて、一度だけ思いきりぎゅっとこちらを抱き竦めたが、すぐに解放してあっけらかんと笑った。
「今はこれまでとしよう。今宵、待っておるぞ」
「う……あ、お、おう」
ぎくしゃくと不自然に頷き、ガウェインはどうにか立ち上がって挨拶もそこそこに部屋を出た。
廊下の壁に力なく寄りかかり、身体の中の空気をすべて吐き出す。
…あいつの色気をどうにかしてほしい。
いっときの抱擁による息苦しさをもう恋しく感じながらも、ガウェインは壁に手をついてよたよたと歩き出した。
なんだか、歩き方がよくわからなくなっていた。
+++
その日、ガウェインは時間ばかり気にしながら悶々としていた。
夜にはネツァワルピリが待っている。
そこはまあ、訪れることに変わりはないのだが、問題は何を着ていくべきなのかだ。
昼間の正装は興奮する、と。
着飾った俺を犯すのは堪らない、と。
そう言ってくれた。
身の置き場がないほど恥ずかしいが、嬉しかった。
しかしだからといって正装で行こうものなら、さも乱してくれ、汚してくれと言っているようなものではないか。
それは…どうなのだろう。なんだかひどくあざといような…
転じて、期待している、誘っているなどと思われたくなくて今着ている普段の軽装で行くのも、あいつが萎えてしまったらと不安がよぎる。
ぐるぐると答えの出ない悩みを抱えたまま食堂を出ようとしたとき、後ろからぽん、と背を叩かれた。
振り返るといつからいたのかフロレンスが真剣な面持ちで立っていて。
「ガウェイン。存分に汚してきなさい」
「……」
言われたことの意味がわからなくて、…否、わかりすぎて、凍りつく。
なんでこいつは当たり前のように俺の心の中を読んでくるんだ。
歳を重ねるにつれて母上に似てきているとは思っていたが、本当に勘弁してほしい。
小柄で華奢なくせに、何故こんなに威圧感を備えているのだろう。…俺に対して。
「……なんの話かさっぱりわからん」
「問題ありません。私が洗います。」
苦し紛れにとぼけてみるが、なんの効果もなく無視された。それどころか爆弾が落ちてきて、俺の思考が吹き飛ばされた。
「あなたがわからないのは女心だけで十分です」
「え……な、何…?」
「きちんとした装いを乱して暴いて、ぐちゃぐちゃになるまで犯し尽くして泣かせるほど愛したいなんて、男の浪漫でしょう?」
「…??!」
続けて核爆弾が投下された。
「私ですら共感できるというのに、あなたが理解してあげなくてどうするのですか」
「そこまでのことは言われていないわ!」
「あのような隙のない身なりのガウェインを好きにして良いとなれば、百人が百人大挙して脱がしにかかるでしょう」
「ええいやかましい!気色悪いことを言うな!」
盛大に抗議するが、フロレンスの発言はとどまることを知らず、ガウェインを追い立てるように例の服への更衣を迫る。
改めて姉の恐ろしさを肌身で感じながら不承不承応じ、覚束ない足取りでネツァワルピリの部屋へと向かうガウェインの背中を、フロレンスは満足そうに見送るのだった。
fin.



