想いを形に
ガウェインはネツァワルピリの太腿の上から降りるなり、置きっぱなしとなっていた紙袋を引ったくって相手に突き渡した。
「これを渡しに来たんだ…!」
「これは…もしや、」
乱暴に胸に押しつけられたそれをネツァワルピリは両手で受け取って、合点したようにぱっと顔を上げる。
「…バレンタインだからな。その…いつも、感謝している」
「ガウェイン殿…!」
小っ恥ずかしくなり頬を指先で掻きながらぼそりと言うと、どこまでも無邪気に瞳を輝かせた満面の笑みが返ってきた。
…たまに思うが、こいつは何歳だったか。
まるで子供のように屈託なく笑うものだから、三十代も折り返すのだということを失念してしまいそうになる。
「中を見ても?」
訊ねてくるネツァワルピリのはしゃぎっぷりに、苦笑しながら頷いてやる。
少し前にフロレンスに渡したチョコは、形成に随分と難儀した。
ついでにこいつにも手作りをと思っていたが、やはり綺麗に仕上がっている既製品のもののほうが喜ぶだろうと、一度は諦めたのだ。
しかし今回、ダルモアの視察で出会った女性から請け負った依頼もまたバレンタイン絡みだった。
溶けないチョコレートを作ることとなり、付き合ってもらったグランたちにも残った材料で用意したわけだが、それでも手当たり次第購入したことで材料は余り、こいつの分まで手が回ったというわけだ。
フロレンスのときはラッピングに頼る形となってしまったが、今回の包装はシンプルだ。
小さな箱の中に細長く切った紙を敷き詰め、その中にまん丸のチョコレートを三粒入れただけのものとなっている。
うきうきとした様子で紙袋から箱を取り出し、丁寧に蓋をあけるネツァワルピリ。光沢のあるチョコレートを目にし、感嘆の声を上げた。
「おお…美しいな!かように艶やかなチョコレートは初めてである!」
「…貴様は甘いものが苦手だっただろう。極力甘さは抑えたつもりだが、口に合わなければ無理をするな」
「気遣い、痛み入る。有り難く頂こう」
そう。
ネツァワルピリは甘いものを好まない。
バレンタインといえば甘い菓子だが、チョコ以外で思いつくものも特になく、以前一度だけ店の人気商品とやらを贈った程度だ。
正直あまり重要視をしておらず、縁のなかったイベントと言っても良い。気に入ってもらえるか、微妙なところだ。
ネツァワルピリは幸せそうに顔を綻ばせ、チョコを一粒指先で摘み上げると目の高さまで持ち上げて矯めつ眇めつ眺める。
「…実に愛らしい。まるで宝石であるな」
「お、大袈裟だな。さっさと食え」
「ぬう…、そうは言うがな、勿体なくて口にできぬ…」
確かにこいつ用として拵えた中で一番綺麗に飴をかけることができたやつを選んだが、ここまでまっすぐ褒められると居た堪れなくなってしまう。
摘んだチョコをじっと見つめるばかりで難しい顔をする男に痺れを切らし、ガウェインは箱から一粒別のチョコを拾い上げると相手の口に問答無用に押し込んだ。
「んうっ」
心配なのは味なのだ。
あれこれ見た目を称賛された挙句、甘すぎて無理などと突っ返された暁には軽く部屋に引き篭もるだろう。
強引に入れられたチョコに一度目を見開いて驚いたネツァワルピリだったが、その口腔内からパキッと小気味良い音が聞こえてきて歯を立てたことが窺えた。
内心緊張しながら相手の反応を見守っていると、ネツァワルピリは咀嚼しつつ何度も頷く。
「…どうだ。食えそうか」
嚥下してからも後味を味わうかのように余韻に浸る相手に、恐る恐る訊ねてみる。
一拍おいて大きな首肯と、感動とばかりに輝いた瞳がこちらに向けられた。
「うむ!美味いな!周りもさることながら、中身も普通のチョコとは歯触りが異なるようだ。これはいったい…?」
「軽いだろう。空気が入っている」
ほっと胸を撫で下ろし、ガウェインはベッドに腰を下ろす。
壁際にいたネツァワルピリもこちらに移動してきて、並んで座った。
「空気というと?」
「ちょっと齧って、断面を見てみろ」
小首を傾げる相手が持ったチョコを視線で示して促すと、素直にネツァワルピリは丸いチョコを半分ほどまで齧る。
その断面には無論チョコが詰まっているのだが、ぷつぷつと小さな穴が無数に空いていた。
「ほう…!これは見事!ガウェイン殿に菓子作りの才能があったたは、恐れ入った」
「偶然できただけだ。しかし…どれ、……うん、なかなかうまくいったようだな」
ネツァワルピリの手を引き寄せてチョコを覗き込み、きちんと気泡があることを確認して改めて安堵する。
依頼で溶けないチョコレートを作るために試行錯誤する中で、様々なものをチョコに混ぜてみた。その過程で出来上がったのが、重曹を入れることで空気を発生させ閉じ込める、このチョコだ。
結局外側から溶けてしまうことに変わりはなかった為、依頼内容に応えられる出来ではなかったが、試食したとき個人的に気に入ったこともあり、ブラックに近いビターなチョコレートを使用してこいつの分として採用した。
そこに溶かした飴をかけたことにより、中はほろほろ、外はカリツヤのチョコレートとなったのだ。
残りの半分も口の中におさめ、幸せそうに顔を綻ばせるネツァワルピリ。
そんな表情を見ることができただけでも、思い切って手作りの菓子を用意して良かったと思えた。
「…幸甚の至りである。ガウェイン殿が我のために時を割いてくれた。そう考えるだけで、かように胸がいっぱいになるものなのだな」
「べ、別にそんな…、」
大仰な物言いに、どぎまぎしてしまう。
大層なことをしたわけでもないのに、と内心気後れしながら、優しい眼差しに軽く俯く。
「…お前のためではない。……俺が見たかったんだ。その、俺が贈ったもので喜ぶお前を…」
「……。……やれやれ、参った」
不意に、ネツァワルピリが苦々しく嘆息した。
つい本音が口をついて出てしまったが、さすがに重かっただろうかとガウェインが慌てて顔を上げると、彼の瞳に何やら劣情が揺らめいていることを認めて混乱する。
ネツァワルピリは何かを堪えるように目を細めながら、ぐっとこちらに顔を寄せてきた。
珍しく険しい表情に男らしさが滲んでいて、目が離せない。
しかし、次の瞬間には相手の言葉に更に混乱した。
「我は今、お主を抱きたくて仕方がない」
「……なに?」
「そのいじらしい身体の隅々まで触れて、奥の深いところを溶かし、貫いて、揺さぶって、あられもなく乱れた姿を愛でたい」
苦しげな顔で、淡々と淫らな発言をかましてくる。



