私の友人はかっこいい
二人はセルティのバイクに乗り、とある排他的なビルディングへ入り、柄の良くない人たちと数秒の会話をしたのち、車で逃げ出した柄の良くないひとたちをバイクで追いかけます。静雄がセルティを呼んだのはこの為でした。追いかけたり追いかけられたり、殴られたり殴ったり、飛んだり撃たれたり、取ったり奪ったりと平和島による平和的でない惨劇が繰り広げられましたが、空が茜色に染まるころには全てのごたごたに終止符が打たれ、先輩に連絡を取った静雄はボタンのほつれてしまったカッターシャツの袖を戻しつつセルティに礼を言いました。サングラスは割れて、彼のポケットに入っています。
「助かった。ありがとな」
『ああ、気にするな。でも全然穏便じゃ無かったぞ』
「あ?ありゃ冗談のつもりで――」
『冗談だ』
「……っふ」
からからとひとしきり笑うと、静雄はセルティに報酬を渡します。きっちり数えたセルティは行方の知れない袖の中に封筒を収めました。
じじ、じ、と街灯が鳴ったかと思うと、数瞬後には白い光が灯ります。毛布のようだった大気は、水に浸したようになって、ひんやりと肌を包んでいました。喧騒の中に居ては要らぬ面倒事が増えかねませんので、二人は閑散とした公園に来ております。昼間に太陽の光を存分に浴びた鉄製のベンチが、まだほんの少しだけぬるくその名残を伝えます。
「さみぃな」
『春の朝夕の温度差は侮れない。静雄はもう少し厚着をした方がいいんじゃないか?』
「かもな。んでもどうせ破くしよ」
言って、静雄はくしゃくしゃになった箱から煙草を取り出し、やや湾曲したフィルターを銜えました。ゆらりと紫煙を立ち上らせては、濃紺の空に息を吐く様子は、ほんの10分前の彼を取り巻く状況からは想像もできないほど、静かで、ゆるやかで、どこか満ち足りているようにさえ見えました。
友人の喫煙歴を知っているせいでしょうか、セルティには静雄の手の運びや、肺に貯めた煙をふっと空に放つその所作が、また随分堂に入ったもののように感じます。一言で表すならば、そう――。
『やはりかっこいいな』
彼女の考えはさらさらと既視感を辿り、昼間の印象と今の静雄を重ねさせました。
「付き合いの贔屓目だって言ったろ」
静雄の言葉に、そういう意味ではないのだと、また同じ軋みを感じつつ、セルティは“頭”の中で言葉を整理しました。強さだけじゃない。振る舞いだけじゃない。全部まとめて静雄が静雄だからかっこいいのだ。
セルティはふと、横に座る彼にこんな言葉を選ばさせているであろうコンプレックスを思いました。つよいちからがそれだけで彼を異常なまでに色付けしていたことは想像に難くありません。彼女が静雄と知り合った頃には、もう彼の人格は自我が明確に確立されたあとでしたので、抱えたであろう青い葛藤は彼女の知りえる所には無くなっていました。もしくは、無いように振る舞うことが出来るようになっただけなのかも知れません。けれども、それでも、外に微塵も悟らせないくらいには、彼は彼のコンプレックスと折り合いをつけていましたし、迷いの存在自体を許さないような目は、彼に特異な眼光を与え、それ故にまた彼が粗野だけれども心憎いのです。こうして結論は同じ所へ行きつきます。
静雄はこんなにもかっこいいのに、覆しようもなく事実なのに、何故それを否定するのだろうか?
遠くで野良猫がなぁんと鳴いた時、諒解がひとつ、セルティの“双眸”を“見開かせ”ました。
――ああ、ああそうか、これが日本人の美徳のひとつ、謙遜か!
セルティは清々しく“微笑ん”で、軽やかにPDAを静雄に向けます。
『なら、付き合いがある人間には謙遜なしにしよう。そんなものお前には似合わない』
「――」
夜闇にぼうっと光るPDAの画面を覗きこんだ静雄は、まず眩しさにサングラスのない目を細め、次に画面を凝視し、同時にくちびるから煙草を転がり落としました。
「……お前の方がよっぽど男前でかっこいいっつの」
『? ありがとう』
一本目のちびた煙草はひょいと拾われ、静雄の骨ばった手で携帯灰皿に押し込められました。その時なんだか静雄は笑ったようでした。
半眼で、慣れた手つきで火を点ける二本目は、真っ直ぐでした。
作品名:私の友人はかっこいい 作家名:矢坂*