私の友人はかっこいい
春めいている陽気は毛布のようでした。
いつだって人と喧騒と雑音と塵で賑やかな池袋の駅前を、セルティのバイクはするすると進みます。信号で止まった彼女は、はて、待ち合わせは何処であったかと、メモ帳代わりに集合場所を記したPDAを取り出しかけて、なにやら尋常ではない大きさの音が響き渡ったのを合図に動きを中断しました。周囲はさわさわと風の通るような音でざわめき、事情を知っている者の多くは少し足を速めました。
ああ、そこだったか。
セルティは胸中でひとりごちると、音と共に砂煙だかなんだかが立ち上り、そして薄らぎつつある方向にバイクの車輪を向け直します。
三十秒ほどで到着した街頭の一角に、さて、彼女の目的の人物はおりました。白いカッターシャツに黒のスラックス、黒のベスト、黒の蝶ネクタイ、以上つまりはバーテン服と、薄ら色のついたサングラスを掛けたままに、ひと悶着あったあとの風情で忌々しげに眉間の間に皺を寄せつつ悠然と立っています。そのうち、腕を持ち上げ、丁度腕時計でも覗くような格好をした彼が、あ、という顔をするのと、セルティが彼の前に現れたのは同時でした。
「おう」
『こんにちは、静雄。何かあったのか?』
「あ?まあ気にするほどの事じゃねえ。……探させちまったな」
『いいや。お前は見つけやすいから困らないよ』
見つけやすいといわれた平和島静雄が皮肉げに笑い、んじゃ、見つかりにくいようにもうちょっと穏便にやっいてかねえとなァ、と言いますので、セルティは素直に頷くべきか遠慮がちに頷くべきか迷い、結局は静雄には違いが分からないだろうと、いっそのこと堂々と頷いてみて、予想通り静雄の苦笑いをより一層渋いものに変えたのでした。
良い日和です。青空を背景に、苦くとも笑いを湛えている静雄はなかなかにかっこいいとセルティは思います。日本人離れした長身に、たとえ人工的な発色といえども鮮やかに映えている金色の髪はよく似合っていました。二人が数歩、駐車していたバイクに近寄る途中で、セルティはかちかちとPDAのキーを叩き、思いをそのまま打ち出しました。
『静雄はかっこいいな』
「いきなりどうした」
『そう思ったから』
画面を見せれば、静雄はなんだか困ったような、それはそれは稀有な表情をみせます。
「さんきゅ。だがそりゃ、付き合いがあるから贔屓目になってんだよ」
大体、力の有無でかっこいいなんて判断するとロクなことねぇぞ。
セルティがまだ何も補足しないうちに、静雄は続けて言いました。それを聞いて彼女は少々心が軋んだような心地がしました。何故なにも言わないうちに静雄がそんなことを言い出すのか考えれば、静雄がそっと握っているコンプレックスが垣間見えるようで、少なくとも静雄の良いところはそればかりではないと思っているセルティは、むむ、と半分の首を捻りました。よい言葉が思いつかないのがまた、心の軋みを酷くしたような気がしました。
作品名:私の友人はかっこいい 作家名:矢坂*