初陣
それはオレが入ってから、初めてあった戦闘だった。小競り合い程度だったが、ファルーシュが出て行って、上々の戦果をおさめて帰ってきた。オレはといえばたいした戦でもなく、王子さんの影武者も必要ないからと待機を命じられて、一人本拠地で戦況を眺めていた。
小さな戦闘ではあったけれど、王子自ら出陣したということもあり、帰還時の歓声は大規模な戦闘で勝利した後にも劣らなかった。
戦勝を誇って、民衆ににこやかに手を振る王子さん。それを皆に混じって見ている俺。
昔なら嫉妬していただろうに、山賊騒動の一件があってからは、逆にその姿を見ていられることが少し嬉しい。自分と同じ顔の相手が、賞賛を浴びているのが、自分のことのように感じられるのか。いや、違うな。むしろ憧れとでも言った方がいいか。自分もあんなふうになりたいと思うのかもしれない。だからなのか、なんとなくどこかに物寂しさに近い焦りもあった。
早く、自分もあいつに追いつかなくては、と。
でも、それがあいつへの過剰な期待になっていたことに、そのときオレは気づいていなかった。だから、一通り戦勝ムードが落ち着いて、一人で人気の無いところにいた王子さんを見つけたとき、裏切られたような気がしたのかもしれない。
一人、王子さんはそこにいた。リオンですら近づけずに、誰もいない野原に。
偶然、オレはそれを見つけて、慌てて茂みに隠れた。そして愕然とした。
さっきまでは誇らしげに皆の前で笑っていたのに、なぜか王子さんは泣いていたのだ。一人、声を殺して肩を震わせて。
一体なんで。
「どうしたってんだ、あいつ……」
「今日、王子のこと守ってた兵士が一人、死んだんだよ」
誰に尋ねたわけでもなかった問いに、意外なことに応えが返ってくる。
ぎょっとして振り返ると、ロイの背後の木陰に、静かに金髪の剣士がたたずんでいた。たしか、カイルとかいう名前の、女王騎士。
兵士が一人、死んだ。その台詞に、驚きよりも呆れと、それによる失望が勝った。
「なんだそりゃ……それだけで、あんな風に泣いてんのかよ、あいつ」
戦場では兵士は死ぬものだ。今回は小競り合いだったからまだしも、もっとでかい戦闘になればもっと多くの兵士が。戦場で屍が山となった光景を、ロイは幼いときに一度だけ見たことがある。スラムでも毎日どこかしらに死体が転がっていた。そこで感じたのは、自分はそうならないように上手いこと世の中を渡らなきゃってこと。他人の死体なんて、それ以上でもそれ以下でもなかった。
だから余計、身内でもない人間相手にそんな風に泣く王子が理解できない。死体を見て泣くなんて、臆病なガキの証拠でしかなかった。
帰ってきたときは、あんなに堂々と誇らしげだったのに、その実はこんな、小さな人間。
胸の奥底で、沸々と何かが湧き上がり、身の内で荒れ狂う。
「……わっかんねぇ。たかが兵士じゃねぇか、使い捨てるだけのっ!」
「ロイ君、言いすぎだ」
「何が言いすぎだよ! 本当のことじゃねぇか! 上の人間はいつだってそうだ! どうせあいつだって同じだろ!?」
突如頬に衝撃が走る。
ひりつく痛みが、左の頬を走った。
「君なら、王子のこと理解してくれるとおもってたけどね」
冷ややかで、まるで人のことを侮蔑するような眼差し。苛々する。
「っ、理解なんてしたくもねーよ!」
きつく睨み返して、踵を返した。理解なんて出来るわけがない。あいつはそもそもこの国の王子で、自分はただの薄汚いガキ。立場なんて全然違う。理解できるなんて、思うほうが間違っている。あいつと同等になれるなんて思うことのほうが間違っているんだ。
気がつくとロイはその場から逃げるように駆け出していた。なぜだか悔しくて、涙が出ていた。