初陣
数日がたった。
ちょうどファルーシュが遠出をしていて、自分が影武者を勤めていたときだった。
ゴドウィン軍の末席にいるような輩が単独でこの城に近づいてきた。いくらまだ王子の軍が小さいからとはいえ、1軍と1部隊とでは明らかに規模が違う。どこぞの血気はやった馬鹿だろうと皆笑った。
迎え撃って蹴散らしてやろうと、皆意気込んで軍師に口々に言う中、ルクレティアは少し考え込むような顔で頷いた。
「そうですねぇ。あんなに近くに居座られてたのでは目障りですし。王子、ちょっと出て追い払ってきてくれません?」
ルクレティアの視線がこちらに向けられる。ああ、そう。オレは今ファルーシュなのだ。ほとんどの者がファルーシュが遠出していることを知らないから。
オレはなるべく王子に見えるように、真剣な表情を作って頷いた。
「わかった」
だが、心の中でこんな小競り合い程度、どうってことないだろうと、たかをくくっていた。考えてみれば、これが自分にとって初めての戦場だなんてことも、気がつかなかった。
装備を整えて出撃する。相手は一部隊。大勢力も要らないが、相手に恐怖感を与えるという名目もあったのだろう、すぐに出撃できる部隊はほとんど投入された。
その最前列に、ロイが率いる王子の部隊。周りは皆常に王子を守るいわば親衛隊で囲まれ、ロイはルクレティアの指示に従ってその奥で安穏としていればよかった。
「追い払うだけでいいですからね。深追いは禁物です」
出撃前にルクレティアにきつく言い含められた言葉を思い出す。
だが、はじめっからロイにはそれに従う気なんてなかった。どうせ1部隊だけなのだから追い払わずにつぶせるときにつぶしてしまった方がいいに決まっている。
ロイは付け焼刃で覚えた兵法というものを思い出した。一応王子の影武者なのだからと覚えさせられたものだ。
ちょうど、こちらは歩兵なのに対して、向こうは弓兵。蹴散らすには都合がいい。
地形もだだっ広い野原。奥に森が広がっている以外は特に何もない。障害もなし、まっすぐ向かっていけばすぐに終わる。
ロイは大きく息を吸い込んだ。
「行くぞ!!」
辺りに響きわたった号令。一斉に喝采が上がる。先頭のロイたちの部隊が敵の部隊めがけて突進する。やや遅れて両脇の部隊も動き出した。
一つがカイルたちの部隊。もう一つは誰だったか忘れたがなんとかっていうおっさん。弓に弱い騎馬兵は出過ぎるなとルクレティアから通達されているから、外側をじわじわと追い込む形になるはずだった。
だが、ロイたちの部隊が敵めがけて突進したとたん、敵の部隊は戦いもせずに逃げ崩れた。
散々に散らばって、追っ手から逃れようと夢中で森の方へ駆けていく。
「は! 戦いもせず逃げるとは臆病な! 追いかけて蹴散らしてやりましょう、王子!」
誰かが声高に言った。
その意気揚々とした声に、ロイは否と言うわけもなかった。
逃げる敵を、さらに猛然と王子の部隊は追いかけた。
他の部隊がルクレティアの言葉を思い出して足を鈍らせる中、ロイの率いる部隊だけが敵を追って突進していく。それを後方から見ていたルクレティアが、悲鳴のような声を上げた。
「ロイ君ったら……! 王子に伝令! 直ちに追撃をやめるようにと! それからヴィルヘルムさん、ダインさんにも連絡してください! 騎馬隊は全速で王子の部隊を追いかけるように! いえ、待ってください! キサラさんとタルゲイユさんに伝令です! 弓兵を最優先で向かわせるように!!」
青くなるルクレティアの回りが、突如として慌しくなる。その間もロイは敵を追いかけ徐々に森の方へとおびき寄せられていた。
敵の部隊を率いる人間を、ルクレティアは知っていた。
その人物は、決して単独で突撃してくるような馬鹿ではなく、そして、本来なら弓兵ではなく騎馬兵を主力にしていたはずなのだった。