死が二人を分かつ時まで
そんな、色々な意味で悪夢のようだった世界会議から、一月程が経った頃。何の前触れも無くアメリカがイギリスを訪ねて来た。
「お前、わざわざアフタヌーンティーの時間に奇襲とは良い度胸だな」
「……アポ無しで訪ねたくらいで、どうしてそう君は喧嘩腰をなるんだい。そんなんだから元ヤン呼ばわりされるんだぞ」
「それとこれとは関係無い! 良いか、用が無いならとっとと帰れ!!」
アメリカのジェニーに対する本気を知ってからというもの、イギリスは見事に元気ややる気を失ってしまっていて、専ら自宅で過ごすことが多くなっていた。幸いなことに現在は急を要する案件も無いし、今の時代は電話とネットを使えば大抵の物が手に入るからだ。
しかしそれもこれも、外界から余計な情報を得て、これ以上自分が傷付きたくないが為の自己防衛行為である。にも拘らず、こうして自ら引きこもって築いた仮初めの平穏を、諸悪の根源であるアメリカ本人がぶち壊してしまった。最早修復不可能だ。
「用があるから来たんだぞ。君に、頼みたいことがあったから」
「……っ何だ。さっさと言え」
予想外の内容に、イギリスはそれ以上アメリカを拒絶することは出来なかった。アメリカがこの自分を頼ってくれるだなんて、十年に一度あるかないかだからだ。
結局先程まで座っていた椅子に再び腰を落ち着けて、イギリスは話を聞く態勢になった。因みにアメリカは、勧められてもいないのにもう一つ出してあった椅子に勝手に座った。
「花束を作って欲しいんだ。君、料理を除けば手先は器用だろ?」
「どうするつもりだ、花束なんて」
料理を除けばは余計だとか、そんなものは花屋に頼めだとか、アメリカに言ってやりたいことは色々あったが、真っ先に口を突いて出た言葉がそれだった。自分の女々しさに、イギリスは泣きたくなる。
「ジェニーに贈ろうと思って」
ほら、やっぱり。期待なんてするものじゃない。花束というのは、要するに花嫁が持つブーケのことだったらしい。
「……だったら俺みたいな素人に頼むより、どっかの専門家に依頼した方が良いんじゃねーか? 式もどっかでかいホテルでやるんだろうし」
尤も自分が招待されることなどまずないだろうけど、とイギリスが自嘲気味に思う。しかしそれは仕方の無いことだ。アメリカとイギリスは友好国であり同盟国だが、アルフレッドとアーサーは他人以上知人未満のような関係だ。式に呼ばれる理由がそもそも無い。
「ホテルで大々的に――なんて、やらないぞ? だからそんなことは、全然気にしなくて良いんだけど」
それは予想外の言葉だった。アメリカのことだから、周りに幸せを振り撒くくらいの規模で行くのだと思っていたからだ。それともそうしないのは、ジェニーに対する配慮だろうか? アメリカはまかり間違っても一般人とは言えないから、なるべくジェニーをトラブルに巻き込まないようにという考えからかも知れない。
「じゃあ、何処かの小さな教会でも借りてひっそりと式を挙げるのか?」
家族と、友人。本当に大切な人達だけを招いた、幸せだけを願う結婚式。カナダや日本の姿は浮かんでも、其処に自分の姿が在ることを、イギリスには到底想像出来なかった。
「いや、教会なんて最初から候補にも入れてないけど」
「何で。宗教上の理由か?」
「ううん、違う。ただ単に気に食わないだけ」
「何が……?」
教会に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。イギリスの記憶が正しければ、アメリカは普段の素行に反して、敬虔なクリスチャンだった筈なのだが。
「教会で式を挙げるってことはさ、要は神前式ってことだろ。それが嫌なんだ」
「…………?」
イマイチ反応が鈍いイギリスを見て、アメリカはガシガシと乱暴に髪を乱した後に、良いかい? と説明を始めた。
「誓いの言葉、ってのがあるだろう。神父が新郎新婦に読んで聞かせるアレ。アレって最後に、神父が『誓いますか?』と訊ねて二人が『誓います』と言うね。で、此処からが本題だ。二人は一体、誰に誓ったと思う? 相手にじゃない、遥か天空の彼方に居るとされる神様に対してだよ! こんなこと信じられるかい!? どうしてこれから人生の伴侶になろうって相手じゃなく、見も知らぬ神様相手に誓っちゃうのさっ」
「……神様相手なら、裏切れないからじゃないか?」
「そうだね、嘘を吐いたらどんな罰が下るか分かったもんじゃないからね。俺の上司が飛行機なんかから降りてくる時、ファーストレディーと腕を組んだりするのだってそうだよ。神様に『私達は仲睦まじく暮らしていますよ』ってアピールしなきゃいけないからさ」
「夢もへったくれも無いな、それ……」
「だろう? そうだろう!? やっと分かってくれたかいっ」
「ああ。でも神前式じゃないなら、一体どうするんだ? 披露宴だけやるのか?」
「形式的には近いかな。でも違う。結婚式は人前式でやろうと思ってるんだ」
人前式。また知らない単語が出て来たが、字面から察するに取り敢えず『人』に誓うのだろうか。と、そこで一つを疑問がイギリスの頭に浮かぶ。
「なあ、でもそれじゃ結婚証明書はどうするんだよ」
結婚証明書とは、婚姻届けとは違う。全く法的な束縛を持たない、本当に形式だけのものだ。神前式では、それに署名をするのは結婚する本人達なので、記念にとわざわざ結婚証明書やサインする為のペンを買ったりもする。因みに、婚姻届けとは違って紙一枚なんて体裁では勿論ない。
「人前式にも結婚証明書はあるぞ。ただ、サインするのは新郎新婦だけじゃなくて、参列者全員もだけど」
今問題なのは結婚証明書ではなく、参列者から得る承諾の方法なのだと、アメリカは言った。
「普通は拍手だけどさ、そんなのは無難過ぎて面白くも何ともないだろう? だから俺として、ハンドベルを鳴らして貰ったり、風船を飛ばして貰うような方法にしたいところなんだけど」
「……随分、熱心なんだな。それじゃあ場所を探すのも一苦労だったんじゃないのか?」
以前、雑誌を隅から隅まで目を通して、お揃いの腕時計を決めようとしていたように。
「確かに人前式を取り扱っている所は少ないから、探すのは大変だったけどさ、それくらいするのは当然だと思ってるよ。俺の勝手な都合で、ジェニーには随分と待って貰っちゃったからね」
部下に任せず、自ら電話を掛け足を棒にして式場を探すアメリカの姿が容易に浮かんだ。
そんな風に、ジェニーのことを愛しているのだと、思った。もしかしたら、愛されていたのは自分だったのかも知れないと、思った。
後悔する資格など、有りはしないけれど。
作品名:死が二人を分かつ時まで 作家名:yupo